2章-シオン・イースタルという存在③-
すっかり日も暮れた時間帯。
〈ミストルテイン〉で与えられた自室でシオンはくあっとひとつ大きなあくびをした。
ここはシオンに与えられた部屋なのでもちろん他には誰もないのが普通なのだが、今は期間限定の同居人がいる。
「シオン殿。ひとつ聞いてもいいだろうか?」
ハチドリはどことなく神妙な様子で言った。
にもかかわらず鳥かごの一番上に取り付けられたブランコに乗ってわずかにゆらゆらと揺れているというのはギャップがすごくて笑いそうになるが、そういった感想を完璧に隠してシオンは頷いてやる。
「貴殿は何故、人間たちにああも肩入れする?」
「俺だって人間だよ?」
「……人間ども相手ならともかく、私にその主張は無理がある」
「その程度のことがわからないとでも思うのか」とでも言いたげに不満を見せるハチドリに苦笑する。
「別に君のこと馬鹿にしてるとかじゃなくて、少なくとも俺は人間のつもりってこと」
「……あくまで貴殿は、人間でありたいと?」
「ありたいとかじゃなくて、俺は人間の両親から産まれて人間の中で人間として生きてきた。そんな俺が人間以外のなんだって言うのさ」
シオンの言葉にハチドリは呆気に取られたように嘴を開いて、呆然としている。
その姿がなんとも間抜けで自然とクスクスという笑いが漏れてきてしまった。
「生物学的にも俺は人間だし、ちょっと変わり者な自覚はあるけど物の見方とか考え方だって人間と大差ないと思うよ」
「それはそうかもしれないが……貴殿は、貴殿の内にある力は強すぎるであろう」
「それはそれ、これはこれ。他人にどう見られようと俺は人間でいるつもりだし、人間として一生を終えるよ」
ハチドリは決して納得はしていないだろう。
それでもシオンが意思を曲げるつもりがないのを察したようでそれ以上食い下がることはしなかった。
「ところでさ。君、昼間艦長たちと何話してたんだ?」
「別に貴殿が気にするほどのことではない」
「それは俺が決めることだと思うんだけどな~」
「…………」
少し脅かすようなニュアンスを込めてやればわかりやすく体を震わせたハチドリにシオンはおおよそのことを理解した。
「余計なこと、してくれちゃったわけだ」
「……大したことは言っていない。あまり貴殿を軽く扱うなと忠告したくらいだ」
「俺が人間じゃないとかなんとか言って?」
「ただの人ではないとは言ったがそれだけだ。……そもそも私とて正確に貴殿の正体を理解しているわけではないからな」
ハチドリは自分の行いについて謝るつもりはないらしく、ふてぶてしい態度を崩さない。
恐れているシオンの睨みに晒されても態度を崩さないのは、神の眷属であることへのプライドからだろうか。
「それに、ミツルギという男は私が言うまでもなく薄々気づいていたようだったぞ」
「……マジで?」
「末席とはいえ神の眷属である私よりも上位の存在である、ということには思い至っていたようだ」
素直に驚いたが、アキトであればシオンの見落としている些細なことからヒントを得ていてもおかしくない。
それにアキトたちとてシオンが人間と名乗ったことに全く疑問を持ってなかった訳でもないだろう。
結局のところ、ハチドリのちょっかいで知られたことはそこまで気にしなくてもいいだろうという結論に落ち着いた。
「とはいえ人様のこと勝手にバラすとかいい度胸じゃん」
結果的に大した不利益がないのと、余計なことをしたのはまた別問題だ。
すでに鳥かごの下では炎がメラメラと燃え盛っている。
鳥かごは金属製なので炎に晒されてば当然熱を帯びていく。
「待て待て待て! 確かに余計な真似はしたのは申し訳なかったが今私を焼き殺してはお前たちも……」
「……別に困らなくない?」
情報は≪魔女の雑貨屋さん≫から提供される。
戦力としてハチドリは別に必要ない。
冷静に考えてみると、別にハチドリはいなくても問題ない。
「……確かにそうかもしれんが!」
「あ、そこ認めちゃうんだ」
プライドは高いがそういったところは冷静に見極められるらしい。
その反応に気が抜けてしまって鳥かごの下の炎を消してしまった。
「……まあ、これくらいで殺しちゃうのは流石にアレか」
「考え直してもらって何よりだ……」
「ただし次はないから。次やったら三秒で焼き鳥にして食べ……ても不味そうだから捨てるからな?」
「……食べられたいわけではないが、それはそれで屈辱的だな」
ショックを受けているハチドリを尻目にフンと鼻を鳴らす。
「とにかく! 俺は人間! それ以上でもそれ以下でもないからそういうことでよろしく」
「……わかった。今後そのことには触れるまい」
「よろしい。じゃあ俺もう寝るから」
おやすみの言葉を告げてベッドに横になればすぐにでも睡魔は襲ってくる。
指をひとつ鳴らして部屋の灯りを落として、シオンはあっという間に眠りに落ちていく。
「……どれだけ望んでもままならないことはある」
すっかり眠ってしまったシオンの預かり知らぬところで、ハチドリはひとり呟く。
「人間であるという望みが叶うと、貴殿は本気で信じているのか?」
その問いに答える者は誰もいなかった。




