終章-まだ知らぬ母のこと-
「ここって本当に人が住んでたのか?」
屋敷の中を探索し始めてしばらく経過した頃、ハルマはそんな疑問をこぼした。
誰かに答えを求めてというよりは、いくら半ば封印された状態であったとはいえ屋敷の中にあまりにも物がなさすぎるため、思わず口が滑ったのだが、朱月はその辺りの事情を知る数少ない人物である。
「人間も人外も引っくるめて、それなりの人数は住んでたぜ?」
「でも家事は式神がやってたんだろ?」
「確かにそうだが、ちみっこい式神連中にはできない仕事もある。それに、ここは駆け込み寺みてぇな場所でもあったんでな」
「駆け込み寺?」
「世の中、人外に縁もゆかりもねぇのに力に目覚めるヤツもいる。……早川もそんなこと口走ってただろ?」
曰く、ごくごく普通の家庭に生まれながら強い魔力を持ってしまった者たちを受け入れる場所としても月守家は機能していたらしい。
「普通の家で生まれたくせに力を持っちまうと、人間には迫害されるわ、タチの悪い人外には獲物にされるわで碌な目に遭わねぇからな。月守にしろ御剣にしろ、そういうこともやってたんだよ」
「そういう人たちのことを保護してたってことか……」
そして月守の屋敷には使用人たちと保護された人々が暮らしていたということらしい。
「でも、だとしたら生活の痕跡がなさすぎないか? 多少机とかタンスはあるけど、中身は見事に空っぽだし」
「元々コヨミがいなくなればここは封印する予定だったからな。コヨミ以外の住人は出てくことが決まってたんだよ」
事前に決まっていたからこそ、引っ越し作業は十分な期間を使って行われた。
“立つ鳥跡を濁さず”ということでしっかりと荷物は運び出されたのだと朱月は言う。
「それに、月守家の所有物に関しちゃ、もういらねぇからってコヨミが使用人にくれてやったり売っぱらったりで綺麗さっぱり処分されちまったからな」
「母さん、思い切りよすぎないか?」
「お前さんがどれだけあいつのこと覚えてるかしらねぇが、コヨミって女は昔っからそういうやつだ」
ハルマの記憶にあるコヨミはと尋ねられると、正直あまり多くは覚えていない。
ただ、大らかで優しくて、常に笑顔を絶やさない人だったと思う。
……今思い出してみても、いずれ世界のための生贄になるなどという運命を背負っているようにはとても思えない人だった。
「(何もかも売り払ったのも、本気で月守家を終わらせるつもりだったってことなんだろうな)」
でなければ屋敷がこうも殺風景になるほど何もかもを捨て去ったりはしなかっただろう。
「でも、そんな調子で神子や“封魔の月鏡”に関する資料なんて残ってるのか?」
「それは心配ないと思うぜ。流石のコヨミでもその辺りのものは捨てないようにしてたはずだ。……残念なことに俺様は在処を知らねぇんだが」
「捨てないようにしてたのは知ってるのに、場所だけ知らないっておかしくないか」
「仕方ねぇだろ。コヨミのやつ、いろいろ反対してた俺様には特に隠したかったはずだからな」
コヨミが≪月の神子≫の役目を引き継ぐことに朱月は反対していた。
そんな朱月が資料を調べて何か行動に出るのを恐れたのだとすれば、隠すのは確かに自然だ。
「……朱月は、本当に母さんを止めようとしてたんだな」
「んなこと、最初から言ってんだろ」
確かに朱月はそう主張していたし、それを信じていなかったわけではない。
ただ、改めてそうだったのだと実感したのだ。
「……朱月から見た母さんは、どんな人だった?」
「あ?」
「俺は、俺たちは、自分たちが思う以上に母さんのこと何も知らなかったんだってわかったんだ。……だからお前から母さんのことを聞いてみたい」
記憶にある言動からも、ハルマたちを守ろうとしてくれた事実からも愛されていたことはわかる。けれど、それだけだ。
母がどういう人物で、どんなことを考えていたのか、もっと知りたいと思う。
そんなハルマの問いかけに対して、少し考えた朱月は答える。
「やなこった」
「……は?」
「俺様からあえて語ることなんてねぇよ。……そんなもん、コヨミを取り戻した後に自分で確かめろ」
一瞬湧き上がりかけた怒りは、最後の言葉で急速に萎んでいった。
「お前らの解決策がどういうもんになろうが、俺様はコヨミを救い出す。……だから人に聞くなんて馬鹿なこと考えずにさっさと手がかり探しゃいいんだよ」
「……そうだな」
まだ、ハルマたちの探す解決策は糸口すらも掴めていない。
けれど、世界への被害を抑え、母と再会するというハッピーエンドのためにその道を行くと決めたのだ。
朱月の言う通り、ここでぐずぐずしている場合ではない。
「……朱月、ありがとう」
「なんのことやら。ほら、さっさと行くぞ」
一度自身の頬を叩いて気合を入れ直し、ハルマは朱月に続いて屋敷の探索を再開した。




