終章-懐かしさと気楽さと-
想像以上に屋敷に魔法が使われているらしいことが発覚したため「これは、本格的に手分けしないと不味そうだな」というアキトの号令で分かれた一行。
シオンはそのままアキトの肩の上に乗って彼とふたりで庭に面した廊下を歩いていた。
「順当に考えると、やっぱり屋敷の奥の方ですかね?」
シオンたちが求めているのは≪月の神子≫および、≪月の神子≫を擁する月守家の生み出した大魔術“封魔の月鏡”に関する情報だ。
当然、それらの情報は月守家にとって重要なはずなので、資料などが存在するのなら屋敷の奥で管理されていると考えるのが妥当だろう。
アキトであればシオンと同じように考えているはず……と思ったのだが、どうも彼の意識は屋敷の奥ではなく庭に向いているようだった。
「庭に何かあるんですか?」
「あ、いや、すまない。何もない」
「……何もないのにそんなに気にしてるっていうのは無理があると思いますよ?」
シオンの当然の指摘にアキトは少しばかりバツの悪そうな顔をした。
「……実は、本当に小さい頃に、ここに住んでいたことがあるんだ」
詳しく聞けば、小学生になるよりも前の幼少の頃、アキトはこの屋敷で暮らしていた時期があるらしい。
「それは……ちょっと意外ですね」
コヨミたちはアキトたち兄妹を≪月の神子≫にまつわることから遠ざけようとしていたはず。
であれば、≪月の神子≫に密接に関わるこの屋敷にも近づけなかったのではないかとシオンは思っていたのだ。
実際、ここに来る道中に早川も「アキトたちは案内人なしではここに立ち入れない」と言っていたはずだ。
「今となっては俺も少し謎には思うが……とにかく、一時期ここで暮らしたこと自体は間違いない。だから少し、懐かしくなってしまったんだ」
そう言いながら改めて庭を見渡したアキトだが、すぐに庭から顔を背けると目を瞑った状態で一度深呼吸をした。
「悪い。時間がないのに余計な感傷で時間を無駄にした」
アキトの言う通り、シオンたちに時間はない。
ただでさえ広い屋敷の中でお目当ての情報を探さなければならないことを思えば、他のことに目を向けている時間がないのは言うまでもない。
だが、それは少しばかり寂しいと思った。
「別に、多少はいいんじゃないですか?」
「だが……」
「確かに時間もないし、俺たちの行動の結果次第で世界の行く末も結構変わるんでしょうけど……そんなに気負いすぎてたら、どっかで空回りしますよ」
クリストファーの計画とは別の解決策を探すと最初に決断したのはアキトで、他のメンバーはそれに乗っかったというのが現在の状況だ。
だからこそ言い出しっぺであるアキトは現状に対して気負いすぎているようにシオンには思えるし、アキト・ミツルギというクソ真面目な男がそうなるであろうことは割と予想できていた。
そして、気負いすぎると上手くいくものもいかなくなる、というのも世の定石というやつなわけである。
「まあ、もうちょっと気楽に〜、なんて言ったところでアキトさんの性格上無理だっていうのは重々承知してます」
「ひどい言い草だな」
「なので、俺はことあるごとに今みたいなこと言いますし、目を光らせてく所存ですのでそのつもりでよろしくお願いしますね」
気負いすぎるなと指摘して、たまには茶々を入れて、この真面目な男が世界を守るという重圧に押し潰されることがないように。
「……いいことを言ってくれてるのはわかってるんだが、その外見で言われてもな」
「それは俺も気づいてました」
それからふたりで少しだけ笑いあって、わずかに肩の力が抜けたらしいアキトにシオンはそっと胸を撫で下ろしつつ、探索を続けるのだった。




