終章-月守屋敷③-
門を潜れば、屋敷の敷地の中は外以上に清らかな気配に満ちている。
穢れというものは命ある存在がいる限り、少なからず発生する。
通常の結界などで空間を隔離したとしても、ここまで穢れがない空間を作ることなど誰にもできないとシオンは思っていたが、≪月の神子≫ともなれば話は別らしい。
「そういえば、【月影の神域】もこんな感じだった気がする」
この世界ではない、【禍ツ國】にある聖域。
屋敷の中の空気はあの場所によく似ていると気づいた。
やはり、同じ≪月の神子≫の領域ということなのだろう。
「シオン、弾かれる心配があったはずだが、大丈夫そうか?」
「はい。あの結界に魔物避けの効果はありましたけど、“魔物の側面がある”くらいのものを弾くほどシビアじゃなかったみたいなんで。ぬいぐるみとの接続も特に異常ありません」
ここまで抱えてくれていたシルバの腕から離れ、屋敷の庭でくるくると回って問題の無さをアピールしてみる。
「ただ、分身を行かせるとかエナジークォーツごと来るとかしてたら、弾かれはしなくてもちょっと危なかったかもですね」
「弾かれる以外の危険があるのか?」
「この空間、魔物や穢れには優しくないですからね……朱月は大丈夫? それ変化してるとはいえ元々は俺の体だろ?」
「一応、大丈夫そうだな。シオ坊の魂は奥底に押し込めてあるし、今は特別魔物に寄ってるわけでもなし」
「……ファフニール戦の直後みたいな状態だと、やばかったってことか?」
「まさにその通りなんだが、それハルマの坊主の中だととらうまってやつだろ。あんまり深く考えるな」
ここは穢れがなく、清らかな魔力に満ちている。
生き物にとっては聖域と言ってもいいようなこの場所は、逆に魔物にとっては地獄だ。
ハルマの言う通り、ファフニール戦の直後――シオンが限りなく魔物に近づいていたようなタイミングでこの場所に来ていたなら……。
「(流石に即死ってことはないだろうけど、確実に悪い影響は出てたよね)」
予想外の理由ではあるが、ガブリエラの提案に乗っておいて大正解だったというわけだ。
「とにかく問題なし……とはいえ、思ってた以上にお屋敷が立派で広いので、この体で歩き回るのはなしですね。アキトさんの肩に乗せてくーださい」
魔法の補助も加えつつぴょんと飛び上がり、アキトの肩にくっついた。
現在のシオン――ネコのぬいぐるみは全長三〇センチ程度しかないので重くはないだろう。
「シオン先輩、それならオレがまた抱えるっスよ?」
「うんや。ここからはアキトさんにくっついておくよ。うっかり≪月の神子≫の血筋の人間しか入れない隠し部屋とかに迷い込んだりするかもしれないし」
当然のように魔法を駆使する≪月の神子≫の一族の本拠地となればそういう仕掛けがあったとしてもおかしくはない。
実際【禍ツ國】にも≪月の神子≫の力を持つ者か魔物でなければ立ち入れないという仕掛けがあるのだから、なおさら可能性は否定できないだろう。
「そういうわけだからハルマには朱月、ナツミにはガブリエラが常時くっついておいて」
「おー、任せとけ」
「わかりました」
とりあえず何かしら屋敷の仕掛けに反応しそうなのはミツルギ三兄妹だけなので、その面子だけガードを固めておけば問題はないだろう。
「それから……早川さんって探索メンバーに数えていいんですかね?」
「構いませんよ。……とはいえ、私もそれほどこの屋敷に足を踏み入れたことはありませんから、条件はほとんど皆様と同じでしょうけどね」
「そうだとしても十分だ。……正直、かすかにあった記憶よりも遥かに広かったからな」
御剣家の本邸よりもさらに立派で広大な屋敷だ。正直早川が加わった十人でも探索には時間がかかりそうである。
「とりあえず、手分けして色々と見て回ってみよう」
アキトの号令でシオンたちは早速屋敷の奥へと足を進める。




