終章-月守屋敷②-
早川の運転するマイクロバスに揺られ、林の中を行く一行。
「もしかして、私たちが9名だからわざわざこの大きな車両をご用意くださったんですか?」
確かに、いくら御剣家が金持ちとは言ってもマイクロバスを所持しているのは少し不自然だ。ガブリエラの推測通り今日のためにわざわざ準備したものかもしれない。
実際、早川は運転しつつそれを肯定した。
「ただ、ご用意したのはその方が都合がよかったといいますか……むしろこちらの都合と言っていい理由なのです」
「それはどういう……?」
「まあ、簡単な話。許されてない輩を屋敷に連れ込むにはいろいろと制約があるんだよ」
早川ではなく朱月が理由を説明した。
その内容にシオンも納得する。
「立ち入りに条件があるってわけですね。でもって車2台に分かれたりすると早川さんの乗ってない方がアウト判定になりかねないと」
「はい。月守のお屋敷に関しましては、アキト様たちご兄妹すら案内人なしでは立ち入れないようになっていますから……」
アキトたち三兄妹に対して月守家の事情を隠すつもりだったなら当然と言えば当然の対応だが、母方の実家から出禁をくらっていたことになるので当の本人たちは少々複雑そうである。
「また、コヨミ様があちらの世界に渡られてからは住む者もいなくなり、あの屋敷は半ば封印されている状態です。今となっては朱月殿ですらひとりでは立ち入れないでしょう」
「それならいっそ綺麗さっぱり無くした方がよかったんじゃないですか? あ、いや、そうなると俺たちみたいなのが困るか」
月守家の事情は完全に闇に葬り去られる予定だったのだろうが、何事にも想定外というものはある。
何かしらのイレギュラーの発生に備えて、あくまで封印という選択をしてくれたのだろう。
そのおかげでシオンたちはこうして情報を探しにいけるのだからその判断に感謝しなければなるまい。
「……間もなく到着です。結界との境界を越える際に違和感があるやもしれませんので、ご注意ください」
その言葉の直後、続いていた林の終わりにマイクロバスが差し掛かり、同時にシオンは自分達が何かを通過したことをはっきりと感じた。
そうして開けた視界にまず目に入ったのは、少し前に目にした御剣家の本邸をさらに上回るほど立派な日本家屋だった。
「ここが月守家の本邸――便宜上、月守屋敷と呼ばれるお屋敷になります」
早川はそう説明しつつ、マイクロバスを屋敷の門のそばに停めた。
「……これは……凄いですね」
マイクロバスを降りて屋敷の前に立ったガブリエラが感嘆の声を漏らす。
「確かに、こんな立派な日本家屋初めて見たよ」
「いえ、それだけではないんです。この屋敷の周囲の空気は……素晴らしく澄んでいます」
ガブリエラの言う「澄んでいる」というのは空気が綺麗という意味ではない。
もう少し詳しく言うのであれば、穢れていないのだ。
「……人が住まなくなって、封印されて周囲と隔離されたとはいえこんなに穢れがない空間できるものなのかな……?」
「まあ、普通はできねぇよ。ちゃんとカラクリがある」
「どういうカラクリ?」
「ここは何千年と≪月の神子≫の一族が暮らした土地だ。そのせいか屋敷やら土地やらに浄化の権能が染み付いてやがるのさ」
そしてその浄化の権能がこの場所の穢れを浄化し、あり得ないほど清らかな土地とすることを実現しているのだと朱月は言う。
「そんなことあり得るのか?」
「まあ、どんな生き物も意識的に抑えない限りは魔力を放出してるわけですから。浄化の魔力を浴び続ければそういう変質もあり得るんじゃないかと」
「とはいえ、あくまで残り香みたいなもんだからな。本来の権能と比べりゃ大した浄化の力でもないんだが、近くを清めるくらいなら十分だろうよ」
「……それに、この状態は、土地がそんなことになるくらいの間ずっと月守家の人間がここに暮らし続けてきたっていう証拠でもあります。大昔のものも含めていろいろと情報が残ってそうで俺たちには好都合じゃないですか」
そんな会話を交わしつつ、シオンたちは月守屋敷の門をくぐったのだった。




