2章-シオン・イースタルという存在②-
いつものように壁沿いの通路から格納庫をのんびり見渡そうかと思ったのだが、ゲンゾウに呼び止められ「上から見てるくらいならあの隅で座ってろ」と言われてしまった。
どうやら彼にはアキトが度々ここに足を運んでいたこともバレてしまっていたらしい。
ゲンゾウの言葉に甘えて作業の邪魔にならないスペースで適当においてあったパイプ椅子に腰かけさせてもらう。
さらにはアカネがどこからともなくコーヒーを持って来てくれ、気づけばすっかりもてなされてしまっていた。
そこまでされてから、ふとそこに一羽の先客がいることに気づく。
「ハチドリ殿?」
「……気安く話しかけるでない、人間」
金属製の鳥かごの中にいるハチドリは随分と不機嫌な様子だった。彼を見たのはミランダたちと連絡を取り合って以来だ。
ハチドリと何か話をする必要があるかと言えば、答えはNOだ。
この後向かう南米方面での異常に関してはすでに聞いているし、そもそもハチドリ自身詳細を知っているわけではない。
加えて彼は少々ではなく人間に対して高圧的な雰囲気なので、無理に話そうとしても上手くはいかないだろう。
そう思ってアキトはあえて彼には話しかけず一緒に休憩をしているラムダと何気ない会話をしていたのだが、ハチドリのほうから視線を感じる。
「おいアキト。なんかあの鳥こっち見てるぞ?」
ラムダの指摘で自分の感じている視線が勘違いではないことがはっきりした。
しかしハチドリからアキトに対して一体なんの用があるのか全く心当たりがない。
「……何か、俺に用だろうか?」
「…………」
アキトの問いにハチドリはそっぽを向いて何も言ってはこない。
しかしあらぬ方向を見ながらもその目は間違いなくアキトのことを穴が開くほどに見つめている。
これで何もないというのは流石にあり得ないだろう。
なんとも言えない沈黙にアキトとラムダが困惑すること約一分。
相変わらず顔はこちらを向いていないが、ハチドリは口を開いた。
「人間、……確かミツルギと言ったか」
「ああ。アキト・ミツルギだ」
「お前の名などに興味はないが、まあいい」
高圧的で尊大な態度に隣に座るラムダが不愉快そうに顔をしかめるが、ハチドリはそれが見えていても気にする素振りはない。
「単刀直入に聞こう。お前たちはあの少年がどういった存在なのか理解しているのか?」
ハチドリがわざわざあの少年などと言う相手など、シオン以外には考えられない。
しかしそれがわかっていても質問の意図は計り兼ねた。
「どういった存在も何も、ただの人間だろ。本人だってそう言ってる」
「ただの人間? あれがただの人間なわけがあるまい」
ラムダの答えをハチドリは馬鹿馬鹿しいと言いたげに鼻で笑った。
「……つまり、少なくともハチドリ殿はイースタルを人間とは思っていないと?」
アキトの確認に答えは返されなかったが、まずこちらの考えた通りと見ていいだろう。
そうなってくるとシオンが以前アキトたちにした説明に矛盾が生じる。
以前彼は、人外から見たシオンのような存在は"異能の力を持つ人間"という分類であり、あくまで人間であると見なされると話していた。
しかし今ここにいるハチドリはそのような判定を下していないらしい。
元々シオンが馬鹿正直に全てを話していたなどとは思っていなかったので大して驚くべきことでもないが、少し気に掛かる。
「つーか、なんでそんなこと聞いてきたんだ?」
「大したことではない、随分と気安く接しているようだったので気になっただけだ」
裏を返せば、ハチドリから見てシオンとアキトたちが気安く接していることはおかしく見えるということでもある。
そのことと、以前覚えたある違和感がアキトの中で繋がった。
「ハチドリ殿。貴殿から見たイースタルは自身よりも上位の存在なのか?」
当初ハチドリはシオンに対してもアキトたちに向けるような尊大な態度をとっていたが、シオンが一度威嚇しただけで態度をすっかり改めた。
口調はそこまで変わらなかったが「貴殿」と呼びかけるなどどこか敬意を感じさせる振る舞いまでしていたほどで、そのあまりの落差にアキトは少なからず違和感を覚えていたのだ。
さらに先程の発言は「人間より上位の存在であるシオンがアキトたちと気安く話しているのはおかしい」というニュアンスにも捉えられる。
そのふたつを照らし合わせれば、ハチドリがシオンを自分よりも上位の存在であると認識していると十分に考えられるわけだ。
「……なるほど、頭は悪くないらしい」
馬鹿にしたような言い回しだがアキトの指摘を否定はしていない。
こちらの指摘を認めたと言ってもいいだろう。
「そこまで察しているのならば、ひとつ忠告してやろう」
改まった彼はようやく今まで背けていた顔をこちらに向けた。
小さな一対の瞳が正面に座るアキトの姿を映す。
「くれぐれも、彼の機嫌を損ねるな。彼は随分と人間に対して甘いようだが、もしその彼に見限られるようなことがあれば――その命はないぞ」
到底冗談だとは思えない真剣な忠告に、冷たい汗が流れる。
屈託なく笑う顔、拗ねたように顔を背ける姿、子供扱いされて居心地悪そうにする様子。
アキトがシオン・イースタルという人間について連想するのはそんなどこにでもいる少年のイメージばかり。
それだけであれば、ハチドリの忠告などあり得ないと笑い飛ばせただろう。
しかしそれだけではないということも、アキトは知っているのだ。
上層部の前で炎の大蛇を従えて微笑んで見せた姿は、鮮明にアキトの記憶に残っている。
あの時の戦意がもしも自分たちに向けられることがあるとしたなら、アキトたちに抵抗する術は果たしてあるのだろうか。
「少なくとも南方の異変を解決するまでは妙な真似をしてくれるなよ? 私まで巻き添えで殺されてはかなわんのでな」
ハチドリの言葉をどこか遠いことのように感じつつ、アキトの休憩時間は新たな不安を残して過ぎていった。




