終章-錬金術師との密談②-
「世界を安定させる一助……あの子の力が?」
シオンにはそのようなビジョンがさっぱり見えていない。
とはいえクリストファーがこの場面で確証のないことを言う男ではないのもわかっているので、視線で続きを促す。
「トウヤ君の力は、穢れや穢れを源に生み出されたアンノウンたちへの干渉。実際のところどこまでのことができるのかは私たちはもちろん本人も知らないわけだが……現時点では“アンノウンを制御する能力”と“アンノウンにさらなる力を与える能力”があると思われている――というのが君の見解だったね?」
「ええそうですね。あとは自分の身に魔力を集めるなんて真似もできるみたいでした」
元々トウヤのことをコヨミから聞いてミランダや玉藻前、サーシャなどの知り合いに報告したのはシオンだ。
それを又聞きしたであろうクリストファーはシオン以上の情報を持ってはいない。
「その前提で、君を含めて我々が危惧しているのは、まだ子供である彼が感情の爆発などをきっかけにその力を暴走させることだ。だからこそ、暴走が起こる前にその可能性を彼諸共排除しようという考えが出てくるわけだね」
「ですね」
その結論を認めるつもりはないが、人々がそう考えることは理解できるし当然だとも思う。
「確かにトウヤ君の力は危険だし、排除したい気持ちもわかる。……だが正直に言うと、私は彼の力を――アンノウン誘導装置の存在を知った時に、これは使えると思ったんだ」
トウヤの力をディーン・ドレイクが応用し、機械に組み込んで生み出されたアンノウン誘導装置。
起動した地点を中心に周囲にアンノウンを呼び集める力。
しかもテロリストたちが多用し、クリストファーの身を何度も危険に晒した力を、まさかの当人は使えるものだと思っていたらしい。
「理不尽に命を奪うアンノウンを特定の場所に呼び集めるというのは、兵器として使用される場合、倫理的ではないし凶悪で恐ろしいものだが……アンノウンを任意の場所に誘き寄せることができると考えれば話は変わる」
前者は“敵の拠点にアンノウンをけしかける”という使い方であり、後者は“好きな場所にアンノウンを誘導する”という使い方だ。
二つの間に現象としての大きな違いはないが、意味が全く異なるとシオンも気づいた。
「……都市から離れた場所で起動すれば、都市に現れたアンノウンを都市の外に誘導したり、そもそも都市に現れる可能性を下げられる?」
アンノウン誘導装置はアンノウンを生み出すのではなく、すでに存在しているアンノウンを呼び集めるもの。
つまり、空間の狭間を移動して他のどこかに出現していたかもしれないアンノウンを、こちらにとって都合のいい場所に誘導するという使い方もできる。
シオンの答えは正解だったようで、クリストファーは力強く頷いた。
「人の暮らす土地から遠ざけるだけじゃない。前もってこちらにとって戦いやすいポイントを選定し、そこに十分な戦力を用意しておけば、アンノウンたちを待ち伏せして容易に狩ることだってできるかもしれない」
例えば中東の広大で何もない視界の開けた砂漠の一角を選定したとする。
その一角に事前に地雷を仕掛けたり、長距離の砲撃などができるように戦力を準備してからアンノウンを誘導すれば、人命はもちろん建造物の被害なども一切出さずに一方的にアンノウンを殲滅することが可能かもしれない。
アンノウン誘導装置にはそのような使い方もあるのだ。
「“封魔の月鏡”が消えてしまえば世界中のあちこちで散発的にアンノウンが出現するだろうと思っていたが、この力を上手く利用できれば出現する場所をある程度限定することが可能になるかもしれない。そうなれば犠牲者は大きく減るだろう」
それがクリストファーの言う、トウヤの利用価値というわけだ。
当人も言っていた通り、シオンからすればこのような「具体的なメリットがあるから排除しない」という理由の方が信用できる。
「ああ。勘違いがないように先に言っておくが、私はトウヤ君に協力を強制するつもりはないよ。元々は彼の誘導の力なしでどうにかするつもりで準備をしていたから、彼の協力が必要不可欠なわけではないからね。ただ、もしも協力してもらえるなら非常に助かるから、交渉のために助け出す。助け出した後で協力してもらえなかったとしても、手出しはしないと約束する」
トウヤに何かを強制するというシオンの地雷を見抜いたのか、クリストファーはしっかりと補足を付け加えた。
そして今の言葉がウソではないのだとすればシオンに文句はない。
「わかりました。とりあえずあなたがトウヤのことに関して俺の味方であると信じます。……ただ万が一途中で裏切ったりした場合は――」
「いや、裏切る予定はないから安心してくれ。私としては暴走するかもしれないだけのトウヤ君より、怒った君の方が数倍恐ろしいんだよ」
「その言葉、信じますからね?」
ともあれ、クリストファーに確認しなければならなかったシオンの懸念はこれで解決した。
「……ところで、アキトさんたちがいる場でそっちからこの話をしなかったのはなんでですか?」
トウヤの扱いはこの世界の未来にとって決して小さくない問題だ。
シオンとしてはアキトたちのいる場でクリストファーに余計なことを言われてたまるかと気を張っていたのだが、結果的に何事もなくてむしろ拍子抜けしたくらいである。
「聞かれなかったからというのが一番の理由だが、君がアキト君たちにどこまで話しているのかわからなかったからねぇ」
「……俺が全部話してないのは確信していたと?」
「君はそういう子だろう?」
当然というように言われてシオンは言葉に詰まった。
「世界を敵に回すような選択に、君が“愛する者”たちを巻き込むわけがない。……私だって妻や孫たちには今回のことの詳細を話していないからね」
要するに、クリストファーもシオンと似たようなことを考えているという話なのだ。
「やっぱり俺たち、結構似た者同士みたいですね」
「そうだねぇ」
自分の願いが世界にとって悪であることを承知しながら、それでも自分勝手に貫こうとする悪党共。
そんなふたりは夜の執務室で小さく笑い合うのだった。




