終章-錬金術師との密談①-
――夜。
〈アイランド・ワン〉の中心に鎮座する中央管理棟の最上階に位置するクリストファー・ゴルドの私室兼執務室。
月と星の輝く夜の中、クリストファーは眼下に広がる〈アイランド・ワン〉を見下ろしている。
その背後で、突然空間が黒く歪んだ。
「おや、昼間だけでは話足りなかったかな?」
そんな異常事態に驚く様子もなくクリストファーは黒い歪みへと声をかける。
その直後、歪みの中から小さな人影が姿を現した。
「ええまあ、あの場では話せないこともありましたから。……夜は長いですし少しお話ししましょう?」
小さな人影――シオン・イースタルはそう言って微笑んだ。
執務室にあったソファーに腰掛けて対面するシオンとクリストファー。
「それで、あの場で話せなかったこととは何かな?」
「トウヤのことです」
クリストファーの質問に対してシオンは迷うことなく答えた。
「ミセスとも繋がりがあるようですし。あの子のこと、そちらが把握してないとは思ってません」
「まあ、そうだね。彼の素性も力も、そして現状も把握しているよ」
「そしてあなたは平和な世界を望んでる」
「もちろんだとも」
「その上で、トウヤのことをどうするつもりですか?」
トウヤは心優しいいい子だ。
しかし彼の存在や力そのものが世界にとって脅威たりえるものだというのもまた事実。
シオンはその全てを承知の上で彼を救い出すと決めている。
だが、世界のことを、この世界に生きる命のことを考えるのであれば、トウヤのことを排除するのが最善なのは間違いないのだ。
そしてクリストファーは、愛する人々が平和に暮らせる世界を望んでいる。
つまり、彼がトウヤのことを排除しようと考えたとしてもおかしくはないのだ。
「……もし、私がトウヤ君を排除しようとしているとしたら、君はどうする?」
「晴れて俺たちは敵同士です。……“封魔の月鏡”を消し去ることには付き合いますが、それまでです」
それが大きな勢力を敵に回すことだというのはシオンも重々承知している。
そもそもトウヤを救うということは世界そのものへの敵対と同じようなものなのだ。
今更尻込みするようなことでもない。
「君とトウヤ君はそれほど長い付き合いでもないだろう? どうしてそこまで?」
「付き合いが短い相手を愛しちゃいけないわけではないでしょう?」
例え関わった時間が短くとも、シオンはトウヤが自分にとっての“愛する者”だと自信を持って言える。
そして“愛する者”をどのような手段を用いてでも守り抜くのが≪天の神子≫という存在だ。
「あなたが自分の家族を守りたいと願うのと同じ想いで、俺はトウヤを守りたい。それだけのことです」
「……そう言われてしまうと、こちらからは何も言えないねぇ」
暗にクリストファーの自分勝手とシオンの自分勝手は同じものなのだと伝えてやれば、正確に意図を理解したクリストファーは困ったように笑うだけだった。
「……心配せずとも、私はトウヤ君を消し去ろうとは思っていない」
「…………理由は?」
「トウヤ君が血のつながりはなくともコヨミ君の息子だからだとか、彼もまた“封魔の月鏡”の被害者でしかないからだとか精神的な理由からなんだが……君に納得してもらえる理由を挙げるなら、私にとっての利用価値があるからだ」
「利用価値?」
「彼の力は、“封魔の月鏡”消失後の世界を安定させる一助になるかもしれない」




