終章-御剣家とゴルド家-
「……そういえばなんですが、祖父とゴルドさんが親しかったのは人外社会の繋がりだったんでしょうか?」
レストランでの食事が落ち着き、シオンとガブリエラとアンナがヴィクトールがデザートを楽しんでいる横でアキトがおもむろにクリストファーに尋ねた。
言われてみれば元々御剣の家とクリストファーは昔から関わりがあるという話だった。
最初に聞いた時は軍人同士の関わりだろうと思っただけだったが、御剣家やゴルド家の事情を知った今となっては話が変わる。
双方人外の社会に関わりを持つ家であるわけだし、人類軍云々以前に繋がりがあったとしてもおかしくはないだろう。
「そうだね。元々家同士は私たちの代より以前から関わりがあったとは聞いているよ」
遡ると、日本の鎖国が終わって少しした頃に当時のゴルド家の人間が日本を訪れ、その際に接触したのが始まりだという。
ただ、その時点ではそれほど親しい間柄だったというわけではないらしい。
「今のように家族ぐるみで関わるようになったのはそれこそ私と君たちの祖父、御剣龍馬が出会ってからだったよ」
当時はまだ旧暦の真っ只中でアンノウンの問題なども存在はしていなかった。
そんな人間同士の戦いの時代に偶然にも日本と米国の連合軍の中でクリストファーとリョウマは出会ったのだそうだ。
「お互い相手の出自なんかも理解していたが、元魔物狩りの家だの錬金術師の末裔だのはあの時代においてなんの意味もないものだったからね。そういった事情はほとんど関係なく、ただの人間同士として、ゲンゾウも一緒になって仲を深めていったんだ」
「そういえば、ゲンゾウに色々黙っていたことを叱られてしまいそうだな……」と困ったようにクリストファーが笑う。
「ま、怒りっぽいですけど器は大きい人ですから。一発ド派手に怒鳴られはするでしょうけど、その後はすぐいつも通りでしょうよ」
「そのド派手な一発が苦手なんだが……元はと言えば隠していた自分のせいだし、甘んじて受け入れるしかないねぇ。……おっと話がそれてしまったね。アキト君の質問には今の答えで大丈夫だったかな?」
「ええ、まあ。ただまだ質問はあって、ゴルドさんは母とも面識があるんですね?」
「もちろん。親友の義理の娘としても、≪月の神子≫としても知っていたとも」
「なら、どうして母が十年前に【禍ツ國】に行くのを止めなかったんですか?」
クリストファーは“封魔の月鏡”を消失させて、世界をあるべき形に戻そうとしている。
しかしそれならば、十年前の時点でコヨミがあちらの世界に渡るのを止めていればその時点で目的は果たせたはずだ。
「朱月のように、当時はまだ時期ではないと思ったんでしょうか?」
「確かにそれも理由としては大きい。あの頃はようやく人々がアンノウンの存在を認知したばかりであったし、人類軍もまだ十分に機能していなかった。あの頃に突然アンノウンが増えてしまえば、あっというまに人類は滅びていただろう。あとはまあ……止められる気がしなかったんだ」
「……はい?」
「コヨミ君は見た目こそ可憐で一見弱々しくも見えたが……その実豪胆で、揺るがない信念を持つ女性だった」
「要するに、とんでもなく図太い頑固者だったってこった」
クリストファーの説明に朱月が半ば悪口のような補足を加えた。
ただクリストファーの言い方も言葉選びがポジティブなだけで言っていることはそれほど朱月と変わらないので、実際そういう女性だったのだろう。
「彼女の願いは我が子たちが少しでも平穏に生きること。愛する我が子を想う母はとんでもなく強いからね」
「つまり、説得できる気がしなかった?」
「偶然にも朱月が説得に失敗しているところを見てしまったからね。彼女にとって兄のような存在だった朱月に無理だったことが自分にできるとは思えずその時点で気持ちが折れた」
「あー……」
クリストファーの質問にシオンはもちろん他の面々も納得したようだった。
引き合いに出された朱月だけは微妙な表情を浮かべているが、実際コヨミと家族同然だった者が説得できなかった時点でそれ以外の人間に説得できるとは思えない。
「そのくらい強い女性だったし、彼女は深くアキト君たちのことを愛していた。“愛”というものを外野がどうこうするのは至難の業、ということさ」
困ったように、それでいてどこか楽しげにクリストファーはそう締めくくった。




