終章-霧の向こう-
クリストファーからの招待当日。
〈ミストルテイン〉は指定された場所――太平洋上のとあるポイントへと向かっていた。
「まもなく指定ポイントに到着します」
「……まあ、一目瞭然って感じではありますね」
〈ミストルテイン〉の正面。広がる大海原は快晴であるというのに、不自然に真っ白な霧で覆われている一角がある。
「あれではむしろ無関係な人々にも怪しまれるのでは?」
ミスティの考えはごく当然のものだが、そこは魔法だからで解決する話だ。
「多分怪しまれようが別にいいんでしょ。どうせ招待されてないと霧の奥には行けないでしょうし」
そういう人払いの性質をあの霧が持っているのは間違いない。
無関係な船が踏み込んだところで、気づけば霧の外に追い出されているというオチになるだけだろう。
「それで? 俺たちはあの霧に突っ込んでいけばいいってことになるのか?」
「でしょうね」
指定された場所はあの霧の中であるのは間違いないし、そうでなくとも“幽霊船”にあの霧が関係しているのはわかる。
クリストファーと話したいのであればそうする他はない。
「我ながら心配のしすぎだとは思いますが……罠、のようなものではないですよね?」
「流石にない……わよね?」
シオン自身、ミスティとアンナが心配する気持ちがわからないわけでもない。
少し前までシオンたちは人類軍最高司令官かつこちらに協力的ということもありクリストファーをほぼ無条件で信頼していた。
しかし彼はその裏で実は錬金術師の末裔であったり、人外社会と密接に関わっていることをずっとシオンたちに対して隠していたわけで。
人類軍本部で一緒に戦ったことやその時の通信でのやり取りのことを考えれば、あちらがこちらを敵対視しているとは考えにくいとは思うのだが、それを確信できるほどクリストファーの真意を把握できているかと聞かれると答えに迷う。
「……朱月!」
「他の人間共ならともかく、シオ坊や俺様たちを敵に回す理由はねぇだろ」
「だそうです!」
「……まあ、確かにそうだな。一応警戒はしつつ進もう」
アキトの号令で〈ミストルテイン〉は霧の中へと入っていく。
「わかってはいたが視界が悪いな。イナガワ君。センサーに何か反応は?」
「いえ、まともに機能していません。クラーケンの時と同じですね」
「まあそこは想定内だな。シオンたちはどうだ?」
「探知を阻害されてる感じはしますけど、それ以外の魔法の気配はないです。……それに、もう少し先で気配が途切れます」
シオンの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、白く染まっていたはずの視界が元の青空に戻った。
同時に、眼下には小さな島が広がっている。
「え、地図情報ではここに島なんてないはずですが!?」
「魔法で隠されてたとか?」
ミスティとアンナは驚いているが、島を観察していたシオンはアンナの考えが不正解であるのがわかった。
「違います、教官。これ、島じゃなくて巨大な船です!」
一見すると普通の小島にしか見えないが島の縁を見れば砂浜などがないだけではなく、船体と思しき金属の部分も見てとれる。
「船って……こんな規模の船なんて見たことも聞いたこともないわよ!?」
「いえ、彼の言う通り島で間違いありません! 海面の動きに合わせてわずかに動いているようなので……」
とはいえ、こんなにも巨大な船などアンナの言う通り見たことも聞いたこともない。
事実として船だと理解しても信じられない気持ちではある。
「(そもそもこんなの、人類軍の資金ちょろまかして作れるのか?)」
クリストファーは今や“幽霊船”となっている白い特殊な戦艦を秘密裏に製造していたわけだが、あれは所詮戦艦だ。
人類軍は他にも多数の戦艦を製造したり所持していたりするのでそこに紛れ込ませるのは難しくはない。
しかしこんな規格外の船舶を同じ方法で製造するのは流石に無茶だ。
となると、白い戦艦とは違うルートで製造されたと考えるのが妥当なわけだが、このような巨額の資金を必要としそうなことができる者となれば当然限られてくる。
「艦長、眼前の超大型船舶から通信です」
「繋いでくれ」
セレナの操作でわずかなノイズの後に通信が繋がる。
『ようこそ、〈ミストルテイン〉の諸君! 我が≪スカーレット・コーポレーション≫のとっておき、超大型船舶〈アイランド・ワン〉には驚いてくれたかな?』
テンション高く質問してくる声の主はまだ比較的記憶に新しい。
「なるほど。そういえばあなたもゴルド元最高司令官と普通に関わりがあるんでしたっけ。ヴィクトール・スカーレットさん」
世界有数の大企業の創始者である“吸血鬼”。
彼が関わっているとなれば、あるいは人類軍よりも多くの資金を扱うことだって不可能ではない。
『さて、挨拶はまた直接顔を合わせた時にするとして、〈ミストルテイン〉と着陸させられるポイントの情報を送ろう。とりあえずそこに降りてくれ』
そうしてシオンたちはクリストファー・ゴルドの本拠地――〈アイランド・ワン〉へと降り立ったのだった。




