終章-トウヤという存在②-
シオンの言葉通りの状況であれば、“封魔の月鏡”はクリストファーや朱月が考えているような外部からの干渉によって消失するよりも先に、許容量を超えてしまったことによって内部から消失してしまうことにもなりかねない。
もしもそのような事態になってしまえば、消失によって発生するであろう問題へ十分に備えることもできず、考えられる範囲で最大レベルの被害が出てしまうだろう。
【禍ツ國】にいるコヨミとトウヤだけの問題ではなく、この世界中に生きる全ての命。
それどころか【異界】に生きる人外たちの命すらも危うい。
「それなら、今すぐ何かしらの対策を取らなければ!」
叫ぶように主張するミスティにアキトも賛成だが、問題なのはどういった対策を取ればいいのかということだ。
「対策……トウヤ君をこちらの世界に戻すのが最善か?」
トウヤ自身が相当な穢れを保持しているためどうしてもこちらの世界に影響は出るだろうが、少なくとも“封魔の月鏡”そのものの突然の消失は免れる。
仮に“封魔の月鏡”が消失すれば、トウヤの抱えている穢れとこれまで【禍ツ國】に溜め込まれていた穢れの両方が一気にこちらの世界に戻ってきてしまう。
そうなるくらいなら、トウヤの抱えている分だけなんとかすればいいこの方法が合理的だろう。
「私も艦長と同意見です。あなたはどうですか?
「ひとつの案としてはありですけど、個人的にはちょっとやめておきたいですね」
「何か懸念があるのですか?」
「現時点で世界に魔物が溢れていないってことは、とりあえず“封魔の月鏡”は健在のはずです。一番消失の危険があったのはトウヤが戻った直後だと思うので、そこを乗り越えられたならとりあえずは落ち着いてるって可能性が高いです」
「しかし、かなり危険な状態であることに変わりはないのでしょう?」
「だからこそ、不用意に突っつきたくないんですよ。……トウヤを取り戻すために干渉した結果その弾みで消失、なんてオチになったら困るでしょ?」
シオンの説明にミスティも「なるほど」と頷いた。
アキトもシオンの言うような事態は確かに避けたい。
「でも、そうなるとどうしようもないってことにならない? ちょっとでもあっちの世界に干渉するのは不味いってことでしょ?」
アンナの問いにシオンは真剣な表情で頷いた。
「どうしようもないというか、ひとまず何もしない方がいいっていうのが俺の意見です。俺自身もヒヤヒヤしてはいますけど、何かすると余計に悪化しそうなんで……」
「確かにそうなんだろうけど、なんか嫌ね。落ち着かないというか」
例えるなら、目の前にいつ爆発するかわからない爆弾があるのにそれを黙って見ているしかできないような状況。
誰であろうとそんな状況で落ち着けるはずがない。
「まあ、幸い近い内にゴルド元最高司令官と話せますからね。“封魔の月鏡”を消すつもりならトウヤの問題も無視できないはずですから、その辺りの問題も一緒に考えるのがいいかもしれません」
「確かに……あちらの知識も借りられれば別の対策も取れるかもしれないな」
クリストファーは賢く、さらにアキトたちよりも多くのことを経験している。
さらに古くから続いている錬金術師の末裔だというのなら、シオンも知らないような情報を持っているかもしれない。
現時点でアキトたちが動くのは難しいし、下手をすれば事態を悪化させるリスクすらある。
ひとまずは来たるクリストファーとの対面まで不用意なことをしないのが正解のようだ。
「わかった。今日はこれで終わりにしておこう」
アキトの一声でブリーフィングルームでの情報交換はひとまず幕を閉じた。




