2章-艦長は辛いよ-
「ん? よお、アキト」
「ラムダ。お前も休憩か?」
〈ミストルテイン〉艦内通路でばったり遭遇したアキトとラムダは互いに軽い挨拶を交わす。
出撃できない〈ミストルテイン〉の船員は機動鎧の整備のある技術班以外は基本的にまだ休暇の扱いになるが、艦長のアキトと副艦長のミスティには最初からあまり休みはない。
加えて主にブリッジで仕事をする主要メンバーであるラムダたちもアキトたちほどではないがこうして艦に来ては仕事をしている日もある。
「ったく。前線で大砲ぶっ放してるだけじゃいられねえのが辛いところだぜ」
大袈裟とも言えるため息と一緒に愚痴をこぼすラムダにアキトは苦笑する。
ラムダとは学生時代からの付き合いなので、彼があまり座学が得意でなかったことも机に向かってするような作業が苦手なこともよく知っている。
変わらないなと懐かしむ気持ち半分、もう二十代も半ばなのにそんな調子で大丈夫かという心配半分という具合だ。
「まあ、艦長のお前と比べりゃ大した量じゃねえんだろうけどな」
「否定はしないが、答えのない前線指揮と比べれば多少気が楽さ」
事務仕事であればそこまで深く考えなくてもこなせる。
そういう意味ではこちらのほうがアキトにとっては随分と楽なものだ。
「……お前さ、なんつーかその口調どうにかならねえ?」
「なんの話だ?」
唐突とも言えるラムダの不満の意味がわからず素直に聞き返せば、彼は微妙な表情でこちらを見つめてくる。
「普段はまあ艦長っていう立場もあるんだろうしいいんだが、俺らだけのときくらい昔みたいな話し方でもいいんじゃねえか?」
「堅苦しくて肩が凝る」と言いながら大きな動きで肩を回し出すラムダの態度がおかしくて思わず小さな笑いがこぼれた。
「……そうだな。休憩中くらいならバチも当たらねえだろ」
「そうそう、そういう感じな!」
言葉を崩せばラムダは満足そうに頷いた。
それからふたりでなんの気なしに格納庫の方向へと足を進める。
「で、やっぱりアキトが息抜きに行くってなると格納庫なんだな」
「……少し前まではパイロットだったわけだしな」
アキトがこうして艦長を務めるのは〈ミストルテイン〉が初めて。
それまでアキトはずっと機動鎧のパイロットとして活躍してきた。
「未練たらたらってか?」
「否定はしねえよ」
はっきり言って、パイロットはアキトにとって天職だったと思っている。
自分で言うのもなんだがアキトにはパイロットとしてのセンスも、努力する気概もあった。
そして実際にパイロットとしての功績をあげてきたわけだが、そのせいでスピード出世してしまい天職と思っていたパイロットでなくなってしまったというのはなかなか皮肉なことだ。
ひとりのパイロットでしかなかった頃から狭い船室にこもるよりは天井の高い格納庫で機体の近くにいるほうが心が安らいだし、今も艦長としての仕事に疲れるとひっそりと格納庫に行っている。
地上三階程度の高さにある壁沿いの通路から格納庫を少し見下ろすだけなので、おそらく技術班の面々もアキトが来ていることには気づいていないだろう。
「お前さ、そんなに未練もあるくせに急いで出世する必要あったのかよ?」
ラムダの指摘する通り、アキトの出世は年齢を考えれば異常に早い。
功績があるのは確かだが年齢を理由に辞退することも十分にできたのは事実だ。
それでもアキトが出世の道を選んだのには理由がある。
「少しでも早く、ミツルギ家の当主に足る男になりたかったんだ」
ミツルギ家は人類軍が発足されるよりもずっと昔から日本の国防に尽力してきた一族。
両親が他界して以降その当主となったアキトだが、当主になった当時まだ軍士官学校の学生、それ以降もただのパイロットでしかなかった。
軍人一家の当主としてそれはあまりに情けない。
それがアキトが今の道を選んだ理由だ。
「デカい家には色々あるってことかよ。面倒だな……」
「その面倒を抱え込んだのは俺自身の意思だ。誰に言われたからってわけでもねえよ」
深刻な表情になったラムダに対してアキトははっきりと伝える。
あくまでこれはアキト自身が考えて決めたこと。未練が何もないとは言わないが、それも含めてアキトは納得している。
そういったニュアンスを汲んでくれたのかラムダの表情も普段のものに戻った。
「ま! 艦長の仕事に疲れたら言えよ。酒でも飲みながら愚痴くらいは聞いてやっからよ」
「その酒の代金はそっちが出してくれるのか?」
「まさか! そこは割り勘だ。そもそもお前のほうが給料いいだろうが」
冗談交じりの会話は気安く、しばらくの間張っていた気持ちが緩んでいくのを感じた。
「(やっぱり俺に真面目な艦長ってのは似合わねえな……)」
こうしてラムダと話しているほうが自然な自分でいられていると実感すればするほど、ブリッジで艦長席に座っている自分が何かを間違えているような気分になる。
自分の選んだ道を途中で投げ出すような真似をするつもりなど毛頭ないのだが、少しの間そんな弱気なことを考えるくらいは許されるだろうか。
アキトはそっと息を吐きながらちょっとした感傷にひたろうとして――、
ドォォォンッッッ!!
次の瞬間に地響きと共に聞こえてきた爆発音に見事に邪魔された。
「オイオイなんだよ今の!?」
「格納庫の方向のようだが……」
「まさか敵襲か!?」
爆発音という不穏なものが聞こえたのだから敵襲だと考えたラムダは間違いなく正しいと思う。
しかしここはマイアミ基地の真っ只中。
センサー類もつい先日の改修でステルス能力を持つアンノウンでも捕捉できるようになったばかり。
普通に考えて爆発音が聞こえてくる前に何かしらの警報が出ていて然るべき環境だ。
そんな中で一切の予兆なく爆発音が聞こえてきた。
現場は格納庫――厳密に言えば、シオンや十三技班の面々がいる格納庫だ。
「いっそ敵襲だったほうがいいんだがな……」
なんとなく馬鹿らしい予感を覚えつつ、アキトはラムダと共に格納庫へ走る。
二分とかからず壁沿いの通路に出たふたりが格納庫を見下ろせば――、
「先輩がちょっと引くくらいのテンションで爆弾大好きなのは知ってますけども! 魔法教えてもらってる最中に爆発起こしてみようとか考えます普通!?」
爆発の現場と思われる黒く焦げた床のすぐ近くで大声で叫ぶ煤に汚れたシオンと、同じく煤に汚れつつ正座しているリンリー・リーの姿を見てアキトは頭を抱えた。
とりあえず爆発の原因はあそこのふたりにあると見ていいだろう。
「……ラムダ。早速今晩飲めるか?」
「いいぜ。ついでにアンナも呼ぶか?」
「ああ、頼む」
先日アキトから頼んだとはいえ頭の痛くなるような話を聞かされたかと思えば、感傷にひたる暇さえ与えられずに馬鹿馬鹿しくも危なっかしいトラブルを引き起こされる。
「艦長は、辛いな……」
「これ、普通の艦長には起こらねえと思うんだけどな」
ラムダの冷静な指摘をあえて聞かないフリをして、アキトは盛大にため息を漏らしたのだった。




