終章-トウヤという存在①-
「トウヤは、簡単に言えば魂を手に入れた魔物、ということになるんですかね」
説明を始めたシオンは、まずそう説明した。
【禍ツ國】において、歴代の≪月の神子≫の魂の残滓と魔物として形をなそうと集まった穢れが混ざり合って生まれた、極めて例外的な人外。
本来魂を持たない魔物の体に神子の魂の集合体が宿ったことによって生まれた、ありえざる命。
彼がどういった存在なのかを表す言葉は未だこの世界には存在しないのだとシオンは言う。
「結局、そのトウヤって子は特別な魔物ってことになるの? それとも魂は人間が元だから魔物の要素のある人間……?」
「そんなこと俺に聞かれてもわかりませんし、トウヤ自身も……というか、この世の何者だって正確なところはわかりません」
アンナの質問に対するシオンの答えは、はっきり言って答えになっていない。
「こう言っちゃなんですけど、そういう存在って考えるの方が楽だと思いますよ?」
「あーなるほど、気にするだけ無駄って話なのね」
人外の世界においてもそのような存在が誕生することなど誰も予想していなかった。
というよりも本来は生まれるはずはなく、【禍ツ國】という極めて特殊な場所で、“封魔の月鏡”というこちらも極めて特殊な魔術が行使されていたからこそ起こったこと。
特殊な環境と特殊な状況、そして運命のいたずらのような偶然の果てに起きた現象。
シンプルな言葉で言えば“奇跡”なのだ。
確かに、そんな存在を既存の知識だけしか持たない者たちが正しく理解しようとするのは少々無理がありそうだ。
少なくとも、やらなければならないことが溢れている今考えるのはやめておいた方がいいだろう。
「とりあえず、トウヤ君がどういう存在なのかは理解した。その上で質問だが……彼はアンノウンを操ることができるのか?」
「できるみたいですね。魔物の魔力も持ってるってコヨミさんも言ってましたし」
「……いや待て。ここで母さんの名前が出てくるのか?」
「あ、そういえばコヨミさんとトウヤの関係について触れてなかった」
ここまではあくまでトウヤがどういう存在なのかという話だけで、コヨミの名前など出てきてはいない。
少し考えれば、≪月の神子≫や【禍ツ國】の名前が出てきている時点で何か関係している可能性には気づけるが……
「生まれたてで赤ん坊だったトウヤを拾ったのはコヨミさん。なんとなく正体を把握しつつ名前をつけて育てたのもコヨミさん。魔物の力や普通の魔法の扱い方、その他いろんな知識を教えたのもコヨミさん」
「ちょっと待て。そこまで関係してるのか?」
「ええまあ」
思っていた以上に自身の母親が関わっていて頭を抱えたくなる。
だが、そこまで聞いてアキトが思い出したのは、トウヤが世界を旅していた理由だ。
「シオン、まさかトウヤが助けたい大切な人っていうのは」
「コヨミさんのことでしょうね。……ちなみにトウヤは本当はコヨミさんのこと“お母さん”って呼ぶんですよ」
今度こそアキトは頭を抱えた。
トウヤはコヨミという“母親”に名前をもらい、育てられ、愛されてきたのだ。だとすればそれはもう
「トウヤ君は俺たちの弟も同然じゃねぇか」
「……まあ、そうなりますよね。命としての形はずいぶんと違うでしょうけど、同じコヨミさんの子供なんですから」
ただでさえ理解するのが困難な情報ばかりだというのに、さらに驚くべき情報を与えられてアキトの頭はパンクしそうだ。
「……キャパオーバーですかね?」
「オーバーはしてるが、話を続けてくれ」
許容量は超えているとしても話を聞かないわけにはいかない。
なんとか気持ちを切り替えてシオンに向き直る。
「それで、母さんはトウヤ君の力をどういうものだと言っていた?」
「基本的には魔物としての魔力を持ってて、穢れや魔物に対して干渉することができるって感じですね」
例えば魔物に力を与えたり、魔物たちの行動を制御することができる。
行動の制御を応用することで追い払う術も開発していたそうだ。
「アンノウン誘導装置のような呼び集める力も?」
「あります。ただまあ本人は認識してないか、わかってて使わないようにしてたみたいですよ。……どこかの“おじさん”は追い払う術を反転させれば呼び集められるって閃いちゃったみたいですけど」
トウヤの言う“おじさん”がディーンであることは、事件の後にはなるがアキトも気づいていた。
トウヤが魔力結晶を与えた上で追い払うための術をディーンに教えてしまったのが、アンノウン誘導装置開発の切っ掛けになったというわけだ。
「だが……それならなんで彼は人類軍本部でアンノウンたちを追い払わなかった?」
トウヤはあの時、責任を取ると言ってアンノウンたちを吸収することを選んだ。
しかしあの場の戦いを止めるのであれば追い払う術でアンノウンたちを退けることもできたはず。
「出生を考えればトウヤ君がある程度穢れを吸収することができるのはわかる。だが去り際の様子からしてノーリスクではないんだろう? 追い払う術を使う方が安全だったんじゃないか?」
「それはまあ、あくまでその場から追い払う術ですから。追い払ったアンノウンたちがどこへ行くかはわかりません」
人類軍本部から退けたところで、世界のどこか別の場所に移動させるだけ。
下手をすれば追い払った先で人類軍本部以上の被害が出てしまう可能性もあった。
「……トウヤ君の性格なら、無責任に追い払うことはできないか」
「そういうことです」
ある程度情報は出揃ってきた。残る疑問点は、あとひとつだけだ。
「トウヤ君は、どこへ消えた?」
「…………【禍ツ國】」
【禍ツ國】。この世界で発生した穢れを集める異空間。
「どうしてそんな場所に?」
「あれだけの穢れを抱え込んだ状態は、いくらあの子の体質があっても危険です。……魔物に堕ちるにしろ、穢れが体から溢れ出るにしてもこの世界で起こせば人類軍本部の二の舞になる」
だからこそ、トウヤは【禍ツ國】に戻った。
穢れを集め、一時的に溜め込む場所であればどちらに転んでもこの世界の人間に被害は出ない。
「とはいえ、それもその場しのぎにしかなりません。……元々、もうあの世界は限界なんです」
「どういうことだ?」
「あっちの世界に流れ込む穢れが多すぎて、コヨミさんの力では抑えきれないレベルになってる。“封魔の月鏡”が健在なのにこの世界で魔物堕ちの復活やアンノウンの増加が起きてるのがその証拠です。……そんなギリギリの状況に大量の穢れを抱えたトウヤが戻ったのは正直不味い」
シオンの言葉通りなのだとすれば、事態はアキトたちの想像していたよりも深刻なのかもしれない。




