終章-知らない方が幸せなこと-
突然のクリストファーからの招待状。
アキトたちはその招待に応じることにした。というより、それ以外の選択肢がなかった。
この後どうするにしても、良くも悪くも色々と画策しているらしいクリストファーのことは放置することはできない。
現状クリストファーに関してわかることを話し終えた今、あとはクリストファー本人から聞くしかないだろう。
クリストファーの招待状には二日後に指定の場所で会おうとの旨と、指定場所に関する情報が記載されていた。
つまりクリストファーに関しては二日後まで持ち越しだ。
「んじゃまあ、それまではひとまずのんびりですかね〜。とりあえず俺は〈トリックスター〉に戻ります」
「いや、まだ話すことがあるだろう」
子供の体をふわふわと浮かせたシオンがあくびをしながらブリーフィングルームを出ていこうとするのを、呼び止める。
クリストファーの話題はひと段落だが、アキトにはまだシオンに聞かなければならないことがあるのだ。
「トウヤ君のこと。お前は色々と知ってるはずだな?」
「知っているのか?」とは今更聞かない。シオンは何かを知っているとアキトは確信している。
「知っている前提なんですね」
「知らないなら、戦場で彼が穢れを吸い込み始めた時のお前の反応に説明がつかない」
アキトたちがトウヤが何をしていて、それがどういった結果になるのかわかっていない内に、シオンは焦ったように彼を止めに入った。
何もわかっていない状態でありながらあの行動をしたというのは、明らかに無理がある。
「トウヤ君は、何者なんだ? どうしてお前と同じように穢れを自分の身に吸収するなんて真似ができる?」
「…………」
アキトの問いにシオンは答えない。
いつものように口八丁で誤魔化そうとすることもないというのはどこか引っかかる。
「話したくないってことか?」
「……簡単に言えばそうですね」
「理由は?」
「知らない方が幸せなこともあります」
「……またそれか」
知らない方が幸せ。
シオンや多くの人外たちがアキトたちに月守家の事情を隠したのと同じ理由だ。
「お前がそう言うのなら、確かに知らない方がいいのかもしれない。……だが、正直その大義名分にはそろそろ我慢できなくなってきてるんだ、こっちは」
月守家の、≪月の神子≫にまつわる事情を隠すことを望んだのは母であるコヨミで、その目的はアキトたちを守るためだった。
その選択は確かにアキトたちへの愛情だったのだとわかっている。
だとしても、アキトはもううんざりなのだ。
「知らなければ傷つかなくて済む。知らなければ責任を感じなくて済む。確かにそうだろう。……けどな、俺は知らなかったことを後悔したんだ」
アキトはついこの間まで何も知らなかった。
死んだと思っていた母が生きていて、今もなお世界のための人柱でいることも。
自分たちが人でありながら人外とも繋がる身の上であることも。
知らぬ間にたくさんの人や人外に守られながら生きていたことも。
「母親が人柱になってるのも知らずに平然と生きてきたことも、自分の身の上も知らずに人外を敵対者なんて思い込んでいたことも、俺は後悔した」
「でもそれは、知らなかったからでしょう」
「だからなんだ? 知らなかったらそれでいいのか? ……少なくとも俺はそう思わない」
知らなかったのだから仕方がないと言われたところで、母は苦しんでいたし、自分たちのために動いてくれていた者たちすらも含めて人外を敵と見なしていた事実は変わらない。
シオンや事情を知るものがよしと言っても、アキト自身がそんな自分を許せない。
「知らないままで後から後悔するくらいなら、知った上で苦しむ方がマシだ。……だから話せ。……俺のためを思ってるっていうなら、尚更全部教えろ」
睨みつけるようにシオンを見つめ、目を逸らさずに問う。
シオンはそんなアキトの言葉に驚いたように目を見開いてから、そっと目を閉じた。
「ずるいなぁ……そんな風に、“愛してるなら話せ”みたいなこと言われたら、断れないじゃないですか」
「お前が俺に甘いのはよくわかってるからな」
「いつだったかは俺に甘えるのが情けないとか言ってませんでしたっけ?」
「今だって情けねぇよ。そこを我慢して言ってるんだ」
「プライドまで捨てて頼まれたら、やっぱり断れないじゃないですか……」
やがて「わかりました、降参です」と言ってシオンは両手を上げた。
「どうせアキトさんに話したら全員に伝わるでしょうし、この場のメンバーには話しておきますか」
「そうだな。そうしてくれると助かる」
「……なんかしばらく話さない内にちょっと図太くなりました?」
「かもな」
シオンの嫌味に対して動じないアキトにシオンはわざとらしくため息をついた。




