終章-クリストファーの目的①-
「いろいろ唐突過ぎて頭が追いつきませんね……」
動画の配信が終わった後、ブリッジからブリーフィングルームに場所を移して話し合うことにしたアキトたち。
その冒頭にミスティがこぼしたのは困惑だった。
「アタシたちなんてまだマシな方でしょ。世間の人とかはもっと混乱してるはずよ」
アンナの言うこともまた事実で、アキトたち〈ミストルテイン〉の主要メンバーは前もって《太平洋の惨劇》が人類軍のせいで起きたことであるという情報を真偽はともかく把握していた。
今回のクリストファーの告発は予想外ではあったが、自分たちが認識していることが事実であるというのを裏付けただけということになる。
だが、世間の大多数の人間はそんな前情報など持っていなかったはずなので、まさに今回の告発は寝耳に水の衝撃の事実ということになるだろう。
覚悟ができていたアキトたちとは比べ物にならないほどの衝撃を受けたに違いない。
「で、動画配信から一時間ちょっとくらい経ってますけど、ネット上の反応なんかはどうなんですかね、カナエ先輩」
子供姿の省エネ仕様のシオンが、この場にはいないカナエに通信越しに尋ねる。
現状、カナエを含む十三技班の電子方面に強い面々にはネットやSNS、各地のニュースなどのチェックを頼んでいる。
本来なら手の空いている他の船員たちに頼むところなのだが、〈ミストルテイン〉内でも主要メンバー以外は今回の件を初めて知ったばかりで混乱していてそれどころではなく、その辺りが図太く平常通りな十三技班に頼む他なかったとも言う。
『そりゃあもう大騒ぎっすよ。証拠映像とか見て信じた人たちは今後どうすればいいのかーって感じだし、信じない人たちはゴルド元最高司令官の陰謀だーとか騒いでるし』
「想定の範囲内ではあるな」
いきなりこの六年当たり前に信じていたことが覆されれば、こんな風に混乱するのは目に見えている。
時間がもう少し経てば、人類軍に対する抗議活動なども始まりかねないだろう。
「ただでさえ人々は混乱しているのに、さらに混乱を招くなんて……」
ガブリエラの表情は険しい。
確かに彼女の言う通り、クリストファーの行動はただでさえ混乱している世界の人々をさらなる混乱に叩き落とす所業だ。
「どうしてそんなことを?」という疑問はアキトにもある。
ただ同時に、「らしくない」とも思うのだ。
「このタイミングでの告発が余計に世間を混乱させることくらい、あの人なら簡単に予想できるはずなんだが……」
クリストファーであれば、あるいはアキトたち以上に世界にこの告発がもたらす影響を予想できたとしてもおかしくはない。
そして、品行方正な善人ではないことは確かだとしても、クリストファーが軍人でもない一般の人々のことをわざと混乱させるような真似をするとも思えないのだ。
「まあ、確かにテロリスト相手に人質を変わろうなんて言い出す人らしくはないかもしれませんけど……一方であの人、やる時は容赦無くやるタイプだとも俺は思いますよ」
アキトたちが戸惑うのとは真逆にシオンは冷静にそう言った。
「もちろん、できるだけ弱い立場の人たちが巻き込まれないようにする人ではあるんでしょうけど、どうしてもやるべきことがあるってなれば話は変わるんじゃないですかね?」
「今回のケースもそういうことだと?」
そう言われてみれば、確かに納得はできる。
クリストファーもかつては前線で戦っていた軍人であるし、この数年は人類軍最高司令官でもあったのだ。
必要とあれば、犠牲を出すことも含めた決定を下さなければならないし、実際にそうしてきたのだろう。
「となれば問題は、余計に世間を混乱させてまで何がやりてぇんだって話になるが、まあ、少なくともひとつははっきりしてやがるな」
「……《境界戦争》の終結と、【異界】との和平、ですね」
ガブリエラの答えに、ゲンゾウは頷いた。
「あの動画でもその辺りはしっかり言葉にしてやがった。あの野郎のことだから裏で別の狙いがある可能性は大いにあるだろうが、それ自体がウソっぱちってこたぁねぇだろ」
「そうですね。元々ゴルド元最高司令官は穏健派ですし……彼は人外側の人間でもあったようですから」
動画では触れていなかったし、人類軍においてはアキトたちしか知らないことではあるが、クリストファー・ゴルドは錬金術師の末裔を名乗っていた。
詳しいことは何も聞き出せてはいないが、以前ヴィクトールが話をしていた人物と同一と見ていいだろう。
おそらく【異界】との関わりが深いわけではないだろうが、人外と近しいのであれば人間と人外が敵対している状況を改善したいという考えを持っていても不自然ではない。
そう考えれば《境界戦争》の終結や【異界】との和平を望んでいて然るべきだ。
「問題は他に狙いがあるのかという話だが……」
「それについては、ひとつ心当たりが」
「は?」
シオンがおもむろに挙手して言い出したことにアキトたちは呆気に取られる。
「え、なに、アンタなんか知ってるの?」
「厳密には、知ってるであろうヤツを知ってるって感じです。……というわけで朱月、吐け」
シオンから朱月に視線を移せば、彼はニヤニヤと笑っていた。
「ほぉ、どうしてまた俺様なら知ってると思った?」
「ゴルド元最高司令官殿は御剣家と昔からの付き合い。多分玉藻様と繋がってたのもあの人だし、その上≪秩序の天秤≫を名乗ってたってことはミセスとも繋がってるはず。……この状況で、コヨミさんに仕えてるお前があの人を知らないって考える方がおかしくないか?」
「ごもっとも」
その返答は、朱月とクリストファーが以前から知り合いであったことを認めたのと同義だ。
「んじゃまあ、隠すことでもねぇし話してやるよ」




