終章-世界の混乱と“予告”-
突如として発生した人類軍本部におけるアンノウンとの大規模戦闘。
何の前触れもなく、かつてない規模のアンノウンの群れに襲撃された人類軍本部の被害は当然大きい。
本部の施設の半分以上がまともに機能しないレベルまで破壊された。
加えて人的な被害もかなりのもので、しかも人類軍の中枢を担う本部の人員に欠員が出たというのはかなりの痛手だ。
それを踏まえて結論を言えば、人類軍は現在大混乱に陥っている。
指示を出すべき立場の人間が突然死亡してしまった挙句、それの後継を務めるべきであった人間、さらには後継を任命するべき立場の人間すらも死んでいるなどという異常事態が決して少なくはない数発生している。
もっと酷ければ建物諸共大型アンノウンに踏み潰されてしまったことで所属していた人員が全滅してしまったなどというケースすらもある。
それだけの事態となれば、大混乱となってしまっても無理はないだろう。
混乱の規模で言えばクリストファーの暗殺騒動をさらに上回る。
しかし、そんな人類軍側の内部事情を世間の人々は理解などしてくれない。
アンノウンを倒すためにある人類軍がアンノウンによって致命的なダメージを負った。それは事実上、アンノウンに敗北したのと同じ。
ただでさえアンノウンの発生件数の増加や【異界】の軍勢による侵攻という不穏なニュースが続いている中、これまで人々の生活を守り、これからも守ってくれるものと思っていた軍隊が敗北してボロボロになっているという状況は人類軍に対する信用を失墜させ、世間の人々を不安に陥らせるには十分過ぎた。
そうして人類軍内部の混乱はいつの間にか世界全体の混乱へと変わり果て、現在に至る。
「なんていうかこれ、アタシたちがどうこうできる話ではないわよね。確実に」
人類軍本部の一件の一夜明け、ようやく後始末が片付いた頃。
ブリッジでミスティから現在の世界の状況を共有してもらったところでアンナが早々に匙を投げた。
正直アキトもアンナと同じようにどうにもならないだろうと放り出したい気持ちではある。
「確かに世間の不安の解消となると一部隊でしかない私たちにできることはないでしょうけれど、何もせずに放置というわけにもいかないでしょう」
「この状況では和平交渉なんて言ってる場合ではないしな……」
本来の予定であれば人類軍上層部内の黒幕――ディーン・ドレイクの罪を暴くことで台頭していた《境界戦争》推進派を失脚させ、和平に積極的な穏健派の発言力を取り戻し、人類軍が【異界】との和平交渉を進めるように働きかけるはずだった。
しかし結果的には人類軍がそれどころではない状況になってしまい、アキトたちが目指す未来に一歩近づいたのと同時に、未来の方が三歩ほど遠退いたような結果に終わってしまったわけだ。
これまで通り【異界】との和平を目指すのなら、現状の混乱をどうにかしなければ話が進まない。
とはいえアキトたち〈ミストルテイン〉はミスティの言う通り人類軍内の一部隊に過ぎない。
人類軍内部の権力闘争ですらもギリギリ手を出せたくらいなのだから、世界全体をどうにかするというのは流石に無理がある。
しかし、どうにかしなければアキトたちの望む未来はやってこないという堂々巡りの真っ最中であるというのが現状だ。
「この状況で世界を落ち着かせられるとすれば、やはりまずは人類軍が落ち着くしかないだろう」
「とはいえ、昨日の騒動で経験と発言力のある上層部の人たちは死んじゃったり重症だったりでまともに動けないのよね……とある大物ひとりを除いては」
アンナの言うとある大物のことはアキトはもちろんミスティもわかっている。
「やっぱ、クリストファー・ゴルド元最高司令官に動いてもらうしかないかしらね?」
クリストファー・ゴルド。
ついこの間まで人類軍最高司令官の地位にあった男。
最高司令官として活動していた頃の彼は能力はもちろん世間からの評価も高く、さらに世界の国々の代表者たちとのコネクションもある。
現在の混乱を収められる人物は彼しかいないとアキトも思うのだが、だからといって安易にその選択をすべきかはわからない。
何故なら彼は、世間的には暗殺されたはずの死人。
それが戻ってきただけでもとんでもないというのに、さらには“幽霊船”の艦隊を引き連れ、錬金術師の末裔という人外側の人間であるのだ。
「戦術長の意見もわかりますが……下手をすると逆に混乱を招くかもしれないというのが気がかりです」
「そうよねー……死んだはずが生きてただけならともかく、人外側の錬金術師とか言われたらもう意味わかんないわよ」
クリストファーが人外側の人間であったにもかかわらず人類軍のトップにいた経緯をアキトたちは知らない。
世界の人々を守ろうという考えにウソがあったとは思わないが、あまりクリストファーを知らない人々から「人類軍は最初から人外によって牛耳られていた」と捉えられてしまう可能性は十分すぎるほどにある。
人類軍や世界の人々を落ち着かせるはずが、逆にさらなる大混乱を招くリスクは無視できない。
「……そもそも、彼にその気があるかも怪しいからな」
アンノウンの襲撃が落ち着いてすぐ、クリストファーたち“幽霊船”の艦隊は本部からすぐさま立ち去ってしまった。
人類軍どころかアキトたちに対してもなんの説明もせずに行方を眩ましたことから考えるとあれは明確な“逃亡”にも思える。
アキトたち相手だけとはいえ人外の側であると明かしたことを考えれば、もうクリストファーは人類軍に戻るつもりがないのかもしれない。
「ただ、彼本人が表に出ないにしてもその手腕や人脈は頼りにできるかもしれない。混乱を収める手段としてゴルド元最高司令官や“幽霊船”との接触はしておいて損はないだろう」
トウヤのことなど他にも考えなければならないことはあるので順番は改めて検討する必要があるが、どうあれ早めにクリストファーの真意を聞き出す必要はある。
アンナとミスティもアキトの考えに頷いてくれたところで、ブリッジに通信を知らせるコール音が鳴った。コール音は艦内通信のものだ。
「格納庫から通信です」
「繋いでくれ」
『もしもし艦長? ちょーっと事件なんですけどお時間大丈夫っすか?』
通信が繋がったと同時に喋り出したのは十三技班のカナエだ。
話し方は気の抜けた調子なのだが、なんだか嫌な予感がする。
「事件というのは?」
『さっきネット上のあらゆるSNSとか動画サイトに“予告”があったんすよ』
「……なんの“予告”だ?」
『“クリストファー・ゴルドからの全世界のみなさまへのお知らせ”の“予告”っすよ』
『ちなみに三時間後に全世界に同時ライブ配信の予定らしいっす』というカナエの補足は最早アキトの耳には届いていなかった。




