12章-過ちの責任-
トウヤの腕の中でディーン・ドレイクは息絶えた。
アキトたちはただそれを見ているだけしかできなかった。
何故かと問われれば、ただただ訳が分からなかったのだ。
死闘の末にディーンを無力化したかと思えば、誰も転移してこれないはずのこの場所に、今回の戦闘に関係があるとは到底思えない人外の少年が突然現れ、挙げ句の果てには優しくディーンを抱きかかえてその最後を看取った。
そんな状況を理解できる情報を少なくともアキトは一切持っていない。
〈ミストルテイン〉の他の面々もそれは同じだろう。
「え……っと……アキト、どうする? というかそもそもあの子って誰……?」
そもそもトウヤのことすらも知らないアンナがわからないなりに動こうとこちらに呼びかけてくるのを受けてアキトは頭を切り替える。
「(シオンがいれば一番よかったんだろうが、とにかく俺が呼びかければ話はできるだろう)」
状況からして、ディーンとトウヤの間に何か繋がりがあるのは間違いないだろう。
だが、トウヤが善良な子供であることもアキトはよくわかっている。
ディーンと彼の関係がどういうものであれ、対話に応じてくれないような相手ではないはずだ。
『トウヤ君。聞こえるか? アキト・ミツルギだ』
〈ミストルテイン〉の外部スピーカーを使うこともできたが、あえて念話を用いて語りかける。
そうすれば地上にいるトウヤはすぐにこちらに目を向けた。
『アキトお兄さん……? その大きな戦艦に乗ってるの?』
『ああ、そうだ』
『じゃあ、ディーンおじさんと戦ってたのも……』
『……そうだ』
トウヤの問いに対してアキトは正直に答える。
トウヤは少々世間知らずだが頭は悪くない。苦し紛れに嘘をついたところで見抜かれるだけだろう。
『そうですか……』
『君と彼は親しい間柄だったのか?』
『親しいかはわからないけど、お世話になった人』
『……俺たちを恨むだろうか』
未だにトウヤとディーンの関係性は不明だが、少なくともトウヤは彼のことを悪くは思っていなかったのだろう。
そんな相手を殺されたのだからトウヤがアキトたちを恨んだり憎んだりしたとして、それは何もおかしくはない。
だが、地上からこちらを見上げる少年は小さく首を横に振った。
『おじさんがこうなってしまったのは、仕方がないことだと思う。……それだけのことをしてしまった人だから』
『でもせめて、』とトウヤはディーンの亡骸を宙に浮かせる。
続いて光の球体がその全身を包み込み、次の瞬間一気に球体の内側が燃え上がった。
突然の事態にアキトの隣に控えているミスティが小さく悲鳴をあげる中、炎は燃え上がった時と同じように一気に消えた。
とてつもない高温の炎だったのか、あるいはそういう魔法だったのか、球体の内側にあったはずのディーンの亡骸はその数秒ほどですっかり灰になってしまったようだ。
『せめて、死んでしまった後は安らかに――大好きな人の所に』
ディーンの遺灰を納めた光の球体は次の瞬間流れ星のようにどこかへ飛び去った。
トウヤの言葉通りなら、ディーンにとって大切な誰かの所へと向かったのだろう。
『ごめんなさい、僕、勝手なことしちゃった』
『いや、あれくらいは構わない。……それよりも君には聞かないといけないことがある』
ディーンとの関係はもちろん、朱月ですら狙った位置への転移は無理だと言っていたこの場所でピンポイントにディーンを受け止められる位置に転移してこれたことも謎が多い。
トウヤの事情はあえて聞かないことにしていたが、もうそうはいかないだろう。
『とにかく〈ミストルテイン〉で保護する。今ここにはアンノウンも多くて危険だ』
話を聞くためにもひとまずは安全確保が必須だ。
トウヤを〈ミストルテイン〉に迎え入れ次第、残っているアンノウンを討伐しなければなるまい。
しかし、トウヤは黙って首を横に振った。
『保護してもらうのは、ダメ』
『……人類軍は信用できないか?』
『そうじゃなくて、僕は責任を取らないといけないから』
『責任?』
トウヤは明確な意思を持ってそのように言っているのだとわかる。
しかし、彼の言う“責任”という言葉の意味がアキトにはわからない。
『おじさんがしたこと……今ここにたくさんの魔物がいることは、僕がなんとかしないと――おじさんにそのための魔法をあげちゃったのは僕なんだから』
『!』
その言葉で、以前トウヤと出会った時に言っていた“おじさん”のことを思い出した。
そしてこれまでに聞いてきた情報が一気に頭の中で繋がる。
件の“おじさん”はディーンのこと。
そしてディーンが身につけていた紫色の石は、トウヤが話していた“おじさん”にあげた魔力結晶。
その結晶がアンノウンを呼び出す力の根源だったからこそ、トウヤはこの状況への“責任”を取ろうとしているのだ。
『だが、どうやって責任を取るつもりだ』
『……こうやって』
その言葉が終わると同時に、地上に立つトウヤの足元から瞬く間に巨大な魔法陣が広がる。
続いて〈ミストルテイン〉を丸ごと覆えるほどの大きさの魔法陣でいくつかの黒い竜巻が起きる。
そして変化はすぐに起きた。
「艦長! こっちに向かってアンノウンが飛んできます」
「飛行できる個体が襲いかかってきたのか!?」
「いえ、明らかに飛べない個体なんですけど、何故か飛んでくるというか」
コウヨウの報告はまるで意味がわからなかったが、ちょうど〈ミストルテイン〉の横を問題のアンノウンが横切ったことでそれが事実なのだとわかった。
どう見ても飛べるようには見えないただの獣の姿をした小型アンノウンが複数、宙を舞いながら黒い竜巻へと向かっていく。
さらに周囲を見渡してみれば、小型に限らず中型の他のアンノウンまでも同じように竜巻へと向かっている。
「あれ、飛んでるっていうか吸い込まれてるんじゃ……」
「で、でも〈ミストルテイン〉は全然そんな感じじゃないですよ!」
ナツミの報告通り〈ミストルテイン〉が問題の竜巻に吸い込まれている様子はない。地上に転がっている瓦礫なども同じだ。
つまりあの黒い竜巻はアンノウンだけを吸い込んでいるということになる。
そんなことが可能なのかというのは言うだけ無駄だ。
事実としてトウヤの起こした黒い竜巻はアンノウンだけを吸い込んでいる。それだけの話だろう。
「吸い込まれたアンノウンがどうなったかはわかるか?」
「センサーではなんとも……あの黒い竜巻自体が穢れの奔流みたいなものなのでその反応にかき消されてしまうみたいで」
『魔力の気配を追うにしても同じだ。竜巻自体の穢れのせいでなんにもわからねぇ。……ただ』
「ただ、なんだ、朱月?」
『あのトウヤとかいうガキ。アイツから感じる穢れが強まってやがる』
竜巻の飲まれていくアンノウンたち。そして穢れの気配が増していくトウヤ。
似たような事例をアキトは知っている。
「まさか、トウヤがアンノウンたちごと穢れを吸収しているのか……?」
それはまるでシオンの“天つ喰らい”のように。
そうしてこの場に集まってきたアンノウンたちをまとめて消し去ることでトウヤは責任を取ろうとしているのではないか。
仮にそうだとして、トウヤは大丈夫なのだろうか?
『トウヤ! それ以上はダメだ!』
不安がアキトの脳裏を掠めた瞬間、よく知る少年の声が頭に響いた。
そしてその声の発生源であろう〈トリックスター〉が凄まじいスピードで巨大な魔法陣の中心に立つトウヤへと向かっていく。
飛行形態の〈トリックスター〉は今まさに竜巻に吸い込まれているアンノウンたちの隙間を縫うように飛んでトウヤへと迫る。
しかしトウヤまであと十メートルほどの位置で魔力防壁によって接近を妨げられたようだ。
『これは、僕がしないといけないから』
トウヤが苦しそうにそう告げた直後、〈トリックスター〉は強風によって吹き飛ばされた。
周囲の竜巻とは違って無色の強風はそのまま〈ミストルテイン〉のすぐ近くまで〈トリックスター〉を運んでくる。
対する〈トリックスター〉はすぐさま体勢を立て直して再びトウヤへ向かって飛ぶが、先程のように接近することは許されず、魔法陣の内側に入り込むこともできずに風に押し返されてしまっている。
そこから見てとれる必死さに、アキトは自分の不安が的中していることを悟った。
『トウヤ君! 君の考えはわかったが、君が責任を取る必要なんてない! すぐやめるんだ!』
『……やめたら、この魔物たちが人を傷つけちゃうから』
『確かにその通りだが、君ひとりが全てを抱え込む必要はない!』
『だとしても、僕はやっぱりこうすべきだと思うから』
アキトの言葉に対して聞く耳を持たずに、トウヤは黒い竜巻でアンノウンたちを吸い込み続ける。
やがて人類軍本部で暴れていたおびただしい数のアンノウンは全て消え失せた。
だが、そのことを喜んでいる余裕はアキトにはない。
「彼の、トウヤ君の状態は!?」
『か、確認できる穢れの総量、〈ミストルテイン〉のセンサー類では計測しきれません! 最低でも“魔物堕ち”クラス以上は確実にあると思われます!』
「朱月! お前の感覚では!?」
『だいたい同じだ! これまでやり合ってきたどんなバケモノよりも穢れが強い! だが……』
「なんだ!?」
『そこまで穢れを溜め込んでおきながら、まだ魔物に成り下がってねぇぞあのガキ!?』
朱月の驚きの言葉を受けて改めて地上にいるトウヤに目を向ける。
そこにいるのはどこか苦しそうにはしているもののあくまで人間の姿のトウヤであり、シオンのように体の一部が異形の姿に変わっている様子もない。
朱月の言葉通り、トウヤはまだ踏みとどまっているのだろう。
『……アキト、お兄さん』
『トウヤ君! 大丈夫なのか!?』
『大丈夫、じゃない、けど、こうしないとダメ、だったから』
こちらを見上げる少年は困ったように笑う。その表情からはわかりやすく彼が苦しんでいることが察せられた。
『すぐにそちらに行く! 俺たちの浄化の力があれば多少は症状をマシに……』
『……ううん。僕は、もう行くよ』
必死なアキトとは対照的にトウヤは随分と落ち着いていた。
『全部の穢れと一緒に、僕のいるべき場所に……ああ、でも悲しいな……お母さんを助けたかったのに、これじゃあ僕のせいで……』
ポツリポツリと紡がれていく言葉はすでにアキトに対して語りかけているものではないようだった。うわ言のように、悲しみと後悔の言葉が並べられていく。
『僕は……間違えちゃったから、仕方ない……でも、せめて、せめて、お母さんだけでも……』
――誰か、助けてあげて……
その言葉を最後に、トウヤの姿はその場から消え去った。
そうして人類軍本部で起きたアンノウンとの大群との戦いは唐突に幕を閉じた。




