2章-好奇心は猫を殺すかもしれないがそれはそれ②-
流石に全員がシオンに魔法を教わってしまうと仕事をしている人間がいなくなってしまう。
開発した機関による点検が行われた直度ということでほぼ手をつけなくても出撃可能な状態ではあるのだが全く作業がないわけではないので、それでは困るだろうとひとまずこの場でシオンに襲わるのは数名ほどに絞られた。
シオンはそんなメンバーを前に黒縁のメガネを軽く押し上げる。
「ではでは魔法のお勉強をしていきましょう。質問があるときは挙手してください」
「シオーン。なんでお前眼鏡かけてんだ?」
「様式美だって言われてカナエ先輩に押し付けられた」
「こういうのは形が大事っすからね~」
魔法を教えるとなったと思ったら突然メガネを手渡されたわけだが、シオンもこういうノリは嫌いではないのでこっそりノリノリである。
「まずステップ1ですが……体内の魔力を制御、放出してみましょう」
「「「「「…………」」」」」
「……体内の魔力を制御、放出してみましょう!」
「別に聞こえなかったわけじゃねえから!」
「ステップ1からハードル高すぎるわ!」
ロビンとリンリーが叫ぶが、シオンはあくまで冷静にふたりを宥める。
「大丈夫です。言葉にするとまあまあやばめのステップに聞こえるのは否定しませんけど、ちゃんと俺がフォローすれば案外あっさりといけますから」
「ホントか? だいぶ現実味ねえぞ?」
「百聞は一見に如かず。とりあえずギルを実験台……じゃなかった、ギルを例にしてやってみましょう」
そう言って素早くギルの隣に移動したシオンは彼の肩を掴んだ。
「なあシオン。お前今実験台って……」
「なんのことかな?」
「いやお前、言いかけるとかそういうレベルじゃなくてがっつり最後まで言ってたよな!?」
「さーてとりあえずギルは俺と手を繋いで、と」
逃げようとするギルの手をがっちりと掴んだままシオンは自身の内の魔力を高め、体にうっすらと光を纏う。
「おいシオン。結局テメェはギルを実験台に何するつもりなんだ?」
「俺の魔力を送り込んで一時的にギルの魔力を増大させてから、俺のほうでその魔力を実際に制御、放出します。それらを全部ギルの体内で行うので……」
「感覚を体で覚えさせるって魂胆か」
「そういうことです」
「そんなことより親方も今実験台って言ったよな!? シオンも否定しなかったよな!?」
「というわけで魔力送るね! 痛かったら言ってくださーい」
「そんな歯医者みたいなノリで言われても!」と騒ぐギルのことは無視してシオンは掴んだ手を介してギルの体内に魔力を注ぐ。
それに合わせてギルの体もまたシオンと同じようにうっすらと光を纏い始め、それを見て他のメンバーが感心したように息を漏らす。
「おいギル。今お前どんな感じだ」
「え? えーっと……体の中からじわじわあったかいもんが湧いてくるみたいな……?」
「魔力の放出はだいたいそんな感じだから覚えといて」
ゲンゾウの問いに答えるギルの様子から問題なしと判断したシオンは、続けてシオンが握っているのと逆のギルの手に向けて魔力を集めていく。
その魔力の動きを知覚できたらしく、ギルは不思議そうに魔力の集まる手を見ている。
「ギル、ちょうどいいからそのままそっちの手を高く上げて掌も上に向けておいて」
「こうか?」
「うん。そのままで……絶対俺が良いって言うまで下ろさないように」
シオンの言葉に何か不穏なものを感じ取ったのかギルは少し表情を厳しくしてから頷いた。
それを確認し、さらに周囲にも問題がないことを確認してからシオンはシンプルにひと言、言葉を発した。
「炎よ」
瞬間ギルの手から真上に向かって放たれる炎。
それを放出している本人ですら驚いた声を上げつつ、数秒ほどで炎は消えた。
「よし、もういいよ」
「あ、ああ」
シオンの許しを得たギルは手を下ろすと、そのまま自分の掌を確認している。
もちろんその手は火傷などすることもなく無傷だ。
「どう? 感覚掴めた?」
「んー……」
シオンの問いに再び先程のように掌を上に向ける。
「……炎よ」
たったそれだけでギルの手から炎が放たれた。
シオンの補助を受けていたときと比べればかなりささやかな炎だが、それでも確かに炎は灯っている。
「おお! すげえなギル、一発でできるようになったのかよ!」
「流石座学は残念だけど実技に強い男ね!」
「リンリーセンパイのほうはホントに褒めてるんすか!?」
「褒めてる褒めてる」と笑うリンリーとギルたちが騒ぐのを見ていると、カナエがひょっこりシオンの隣にやってきた。
「シオンくんもなんか教え慣れてるっすね? 他の人にも教えたことが?」
「ええ。ひとりだけですけど魔法を教えてあげる機会があって……」
「なーんだ。じゃあ別にギルくんのこと実験台とか言う必要なかったじゃないっすか」
カナエがケラケラと笑うのにつられてシオンも同じように笑う。
「いやー、前に教えた子は一応人外寄りの子だったっていうか……特別魔力が高いわけじゃない人間に教えるのは初めてだったので、送る魔力の量にもだいぶ注意したんですよ」
人外寄りであったり元々魔力が強い人間ならあまり心配ないが、普通の人間に対して魔力をあまり注ぎすぎるのはよくない。
「魔力を送り過ぎるとどうなるんすか?」
「んー、今回くらいのレベルなら負担がかかって全身筋肉痛とかかと」
「うえ、地味にイヤっすね」
インドア派なカナエは全身筋肉痛という言葉だけで嫌気がさしたらしく、それ以上何も聞かずに未だ騒いでいるメンバーのほうへと向かった。
「(これ以上はまあ、言わないほうが良いよね)」
今回の場合やろうとしているのが簡単なことなので送り込む魔力も少なくその程度で済むが、その辺りのことを度外視して無茶苦茶な量を注ぎ込めばその限りではない。
最悪、体そのものが爆発四散してもおかしくはない。
魔力とはそういう力でもあるのだが、無意味に怖がらせる必要もない。
シオンは考えていたことを胸にしまいこんで騒ぐメンバーに混ざることにした。




