表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
12章 揃う役者たち
729/853

12章-回想 月下の遭遇-


――それは、満月がよく見えるとある夜のことだった。



時刻は午前2時過ぎ。


人々はとうに眠りについていて、ディーンの暮らす家のある高級住宅街には街灯のわずかな光しかない。

そんな夜の道路をディーンの運転する車だけが静かに走行していた。


「…………」


ディーンが自分の家に帰るのは数週間ぶりのことになる。


多くの人は仕事を一段落させて自分の家に帰るということを喜ばしく思うのだろう。

……しかし、少なくともディーンはそうは思わない。


少なくとも昔はそうではなかった。


それが変わったのは六年前――最愛の妻を《太平洋の惨劇》で失ってからだ。


愛する妻が太平洋の海へと消え、かつて彼女と暮らした温かだった家は今や彼女がこの世からいなくなってしまった現実を容赦なくディーンに突きつけるだけ。


結局のところ、人類軍上層部に名を連ねて多忙になったというのは半ば言い訳で、ディーンはあの家に戻ることを避けているのだ。


いっそあの家を売り払ってしまおうかと考えたこともあるが、そうしてしまえば彼女と過ごした思い出すら消えてしまうように思えて踏み切れず。

かと言って一切家に帰らないわけにもいかず。


こうして憂鬱な気持ちを抱えたままディーンは車を走らせている。




自宅の敷地に車を停め、玄関の前に立って目の前にある家を改めて見上げる。


そうしてしまえばいつかの夜に深夜にも関わらず明かりを灯して待っていてくれた妻のことを思い出してしまい、ディーンの内側で何かが痛む。


その痛みを振り払うように一歩踏み出そうとしたその時、月明かりに照らされていたはずの玄関ドアに不自然な影が差した。


普段なら見落とすような些細な違和感に気づいたディーンが振り返って空を見上げたその先にあったのは、()()()()()だ。


小さな、明らかに子供としか思えない人影がどこからともなく落ちてくる。


そんな異常事態を前にしてディーンの頭の中に一番に浮かんだのは「とにかくその子供を助けねば」という考えだけだった。

落ちてくる小さな体を受け止めようと慌てて走り出すが……


「(間に合わない……!)」


必死に足を動かしているが、このままでは子供の体が地面に叩きつけられる方が早い。

ディーンの目の前で子供は地面へと着実に近づいていき――次の瞬間、唐突に強い風が吹いた。


あまりの強さにディーンは咄嗟に顔を両腕でかばい、足も止まってしまう。


それから数秒後、風が止むのを待って顔をかばっていた両腕を下ろしたディーンは目の前の状況に言葉を失った。


何故なら、どこからともなく落下してきたはずの子供はまるで何事もなかったかのようにそこに立っていたのだ。


ディーンが子供の姿に気づいた時点でその体は十メートル程度の高さに位置していた。

その状態からパラシュートなどもなしで何事もなかったかのように着地するなど、人類軍の特殊部隊の人間であったとしても不可能だろう。


しかし紛うことなき事実として目の前の子供は無事な状態でそこにいる。

それは、()()()()()()ということの明らかな証拠だ。


ディーンがその結論に至り、目の前の子供を助けるべき対象から未知の脅威であると認識を改めようとしている最中、子供は静かにこちらを見て――


「わ!?」


驚きましたと全身で表現するかのように一歩後ずさった。


「その、えと、僕はその……」


わかりやすすぎるほどに動揺する子供はあちらこちらへと視線をさまよわせながら、何か言おうと言葉を探している様子だった。

恐らくこの状況に関する言い訳をしようとしているのだろうが、状況的にどんな言い訳をしようともディーンを誤魔化すことはできない。……そのことにも気づいていないように見える。


「(……いや、油断してはいけない)」


状況から考えて、目の前の明らかに人間とは思えない子供は恐らく【異界】の存在なのだろう。

だとすれば、今ディーンに見せている態度もこちらを欺くための演技かもしれない。


【異界】の住人が狡猾で危険な存在であることは六年前の惨劇が証明しているのだから。


「(……だが、これはチャンスかもしれない)」


六年前の惨劇以降、人類軍は【異界】に関する情報をほぼ手に入れることができていない。


わかっていることといえば、【異界】の艦隊やアンノウンたちが人類の科学では到底解明できない非科学的な異能の力を有していることと、この地球、あるいはこの宇宙とは違うどこかから転移して現れたということくらいだろう。


たったそれだけの情報しかないという現状を、ディーンたち“推進派”は非常に問題視している。


だが、もしもこの子供から情報を引き出すことができたなら、少しばかり状況は進展するかもしれない。


【異界】の住人が憎くないのかと問われれば、ディーンは即座にイエスと答える。

目の前の得体のしれない子供を今すぐ殺したくはないのかと問われてもイエスと答える。


だが、ディーンはその感情を抑え込んで目の前の子供に微笑みかける。


――【異界】の情報を可能な限り聞き出し、【異界】と戦うための武器とするために


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ