12章-底しれぬ力③-
一番に動いたのはすでにディーンに対して攻撃を放った朱月ではなく、未だに何者が乗るのかもわからない〈トリックスター〉だった。
初撃と同じく戦闘機形態で上空を旋回しつつ、ピンポイントで漆黒の異形の上に立つディーン本人に向けて〈ドラゴントゥース改〉を放つ。
一撃目は魔力防壁で阻まれたそれは、今度も同じように魔力防壁で正面から受け止められてしまった。
「あの火力をあっさりと防がれるのは厄介ね」
「ああ。対魔力防壁の術式も仕込まれているのに……」
〈ドラゴントゥース〉であっても機動鎧に搭載するには強すぎる火力の兵装だったのだ、その後継である時点で火力もそれ以上のはず。
その上、魔力防壁を相殺するための術式が仕込まれていたのはアキトにも感知できている。
それでもなお今のようにあっさりと防がれているのは、それだけ異形の側の防御が強固であるという証拠に他ならない。
「防御力はファフニール――あるいはそれ以上と考えろ! おそらくは〈セイバー〉、〈アサルト〉、〈ワルキューレ〉、〈ミストルテイン〉でなければまともにダメージを与えるのも難しい!」
「ってわけで他メンバーは撹乱! 今挙げた面子をアタッカーに攻めるわよ!」
すぐさま飛ばした指示に従って機動鎧部隊が動き出す。
その中でも一番に突撃したのは〈アサルト〉だった。
『おらおら朱月様のお通りだ!!』
堂々と真正面から異形に単騎で向かう〈アサルト〉。
近づいてきた獲物に対して、すぐさま異形は無数の触手を差し向けた。
異形から伸びるそれは触手としか呼べないが、おそらくいつか戦ったクラーケンのものより更に太い。
叩きつけられれば戦艦であっても一撃で沈められかねないものが数本同時に迫ってくると思えば恐ろしいことこの上ないが、〈アサルト〉は見事にそれらを避け、さらには〈月薙〉で斬撃を浴びせていく。
それは見事に漆黒の触手を断ち切っていくが、この後の展開は考えるまでもなくわかる。
『やーっぱりすぐに再生しやがるな! わかってたけどよ!』
切り落としたと思ってもその一秒後には切り口から黒い煙のようなものが伸びていき、あっという間に無傷の触手に戻る。
再生するやいなや再び襲いかかってくる触手の勢いに、朱月も一度下がってくきた。
クラーケンのときもそうだったので今更驚くべきことではないが、事態はクラーケンのときよりも深刻だ。
「どう考えてもクラーケンよりも今回のあのでかいの……というかドレイクさんの怪しい指輪のが魔力量あるわよね!?」
「だろうな……」
つまりはクラーケン以上に再生を続けるのはまず間違いない。
クラーケンですら付き合いきれずに火力で押し切ったのだ。それ以上にしぶとい相手になどとてもではないが付き合ってられない。
『……というかそもそも、あれって倒せるものなのか?』
ポツリとハルマが呟いた内容にアキトもその問題に気づいた。
「イナガワ君、朱月。あれはアンノウンではなくアンノウンの体だけの存在だって言ったよな?」
「は、はい。あの個体そのものの意思のようなものは全然感じられません」
『あれは完全に体だけ……人間に例えるなら死体が動いてるだけみたいなもんだろ』
「だとすると、少なくとも殺すことはできないと思ったほうがよさそうだ」
すでに死んでいる命のないものをどれだけ攻撃しても殺すことはできない。
あの異形はおそらくそういうものなのだろう。
「しかし、それならあれはどのように動いているんでしょうか?」
「そりゃあまあ、誰かが動かしてるって話よね」
「……そうなれば、ディーン・ドレイク氏しかあり得ないですね」
漆黒の異形に思考能力どころか意思すらないのなら、命令を出すことはできない。
つまりはディーンが彼自身の思考でもって制御しているということになるのだろう。
――だとすると、少々不味い。
「ナツミ! 〈ミストルテイン〉はあの異形から少し距離を置く! 急いで下がれ!」
「え!? りょ、了解!」
アキトの急な指示に少しうろたえながらも〈ミストルテイン〉を下がらせ始めるナツミ。
しかしアキトの嫌な予感はそれよりも先に当たってしまった。
「正面、敵の周辺に強大な魔力反応多数! 攻撃術式と推測……照準、全部この船です!?」
「やっぱりそうなるか!」
知性の低いアンノウンに命令を出しているだけならまだしも、軍人であるディーンが直接制御しているのだとすれば戦略的な行動を取るのは当たり前だ。
そして、どういった戦場であれ指揮系統の一番上を潰すのが最善であるのは間違いない。
つまり狙われるのは〈ミストルテイン〉というわけである。
「魔力防壁を最大出力で展開する! ナツミはできるだけ回避してくれ!」
その直後、異形の周囲に展開された十を越える魔法陣から放たれた黒い光が〈ミストルテイン〉へと殺到した。




