12章-底しれぬ力②-
〈ミストルテイン〉のモニターに映るディーン・ドレイクが魔力防壁を解除する。
崩壊した建物の残骸の中に立つ彼は、傷ひとつ負っている様子がない。
「(それどころか、軍服に汚れすらもないな)」
瓦礫の山の中心に佇んでいるにも関わらず砂埃による汚れひとつないディーンの姿は、はっきり言って違和感しかない。
それでもディーンが建物もろとも大型アンノウンの下書きになったのは紛れもない事実であり、そのような目に遭っていながらも無傷であることは、彼が魔力防壁で完璧に自らの身を守ったという証拠に他ならない。
「(指輪の力がとんでもないのは間違いないが、それをしっかり使いこなしてるってのが余計に厄介だ)」
特に今のように大型アンノウンの体重に耐えるほどの魔力防壁を扱えるというのは非常にやりにくい。
『……嘆かわしいな』
どうやらディーンは念話までも使いこなしているらしく、アキトたちまで彼の声がよく届く。
『わかりやすい脅威や被害に囚われずすぐに狙いを私に絞れる頭脳も、あれだけのアンノウンの群れを突破できる力もある。人類軍にとって極めて有用な戦力になるだろうに……どうして和平などと下らないことを言い出すのか』
「……こちらからすれば貴方の方こそ愚かだ」
あからさま過ぎるほどにこちらを馬鹿にした態度に思わずアキトは口を挟んでいた。
「人類軍の力では“魔物堕ち”すらも倒せない。“魔物堕ち”の討伐はシオンのような人外任せ。そんな状況で人類軍が【異界】に勝てるとでも思ってるのか?」
アキト個人はあくまで無用な戦いを回避するために和平の道を選んだ。
しかしそれ以前に、《境界戦争》が勝てる戦いだとはとても思えないのだ。
「和平は愚かだと声高に叫ぶが、それで徹底抗戦したところで人類軍に勝ち目はない。……貴方がその程度のことがわからないはずはないだろう」
『ああもちろん。わかっている』
わかっていてなお【異界】と戦おうとしていたというのなら、それはただの自殺行為でしかない。それなのにディーンは当然のようにそうだと認めた。
『現時点での人類軍の戦力では正面から人外共に打ち勝つことはできない。そもそも妖しげな異能を使い相手に単純な武力で勝てるとは考えにくい』
「だったら何故戦おうなどと……」
『何、人類軍では勝てないというだけだ』
ミスティの問いにディーンは焦るでもなく堂々と答える。
一見おかしなことを言っているようにも思える彼の言葉の意味するところを、アキトは数秒遅れて理解した。
「アンノウンをけしかけるつもりだったのか」
『その通り。知能は低くとも力はあり、何よりどれだけ消えようがいくらでも代わりがいる。これほど便利な兵器は他にない』
ニヤリと笑みを浮かべながらディーンは右手の指にはめた指輪をこちらに掲げてみせる。
『当初はテロリスト共から押収した誘導装置を利用することにした、という筋書きで考えていたが……こうなってしまえば回りくどいことをする必要もない。私が自ら呼び出して人外共にけしかけてやるまでだ』
事実ディーンはひとりで人類軍本部を壊滅させうるほどの大量のアンノウンを呼び集めている。
しかも彼の余裕のある態度からして、まだ余力を残しているのは間違いないだろう。
確かにそれだけのアンノウンを差し向けることができれば【異界】の≪銀翼騎士団≫を退けることも可能かもしれない。
だが、そんなことをすれば本当に歯止めが効かなくなる。
「そんなことをすれば対話の道は完全に閉ざされる……どちらかが全滅するまで終わらなくなるぞ!」
『構わないだろう。共存など馬鹿げた話だ』
アキトの言葉をディーンは鼻で笑う。まったくもって聞く耳を持っていないのは明らかだ。
『人外は人類の敵だ。一匹たりとも生かしておくつもりはない。……全て殺し、根絶やしにするだけのこと』
当然のことであると言わんばかりの態度を見せるディーン。
わずかな迷いすらもない振る舞いに、アキトは少なからず恐怖を覚えた。
『さあ、お喋りの時間は終わりだ。君たちにも消えてもらわなければ――』
ディーンからの念話の最中、ブリッジのモニターのひとつに映るセンサーが“何か”が高速で接近してきていることを示す。
咄嗟にセンサーの示す方向に目を向けた次の瞬間、その“何か”――戦闘機形態の〈トリックスター〉がディーンに向かって〈ドラゴントゥース改〉を放つ。
大型アンノウンすら一撃で仕留めうる一撃がディーンに迫る――だがそれは一瞬にして展開された魔力防壁によりディーンまでは届かなかった。
『ぼさっとしてんなよアキトの坊主!!』
間髪入れずにディーンに迫った〈アサルト〉が躊躇なく〈月薙〉を振り下ろす。
それも魔力防壁に阻まれてしまったが、不意を突かれたディーンの表情はわずかに焦りを覗かせた。
『不意打ちとは小賢しい!』
『ああ? てめぇみたいな悪党相手に正々堂々付き合ってやるほど暇じゃねぇんだよ!』
怒声と共に再び〈月薙〉を叩きつければディーンの魔力防壁にわずかな亀裂が走る。
完全に砕ける前にディーンが攻撃を放ってきたため〈アサルト〉は下がらざるをえなかったが、決して防壁は破れない強度ではなさそうだ。
「総員、朱月に続け! 彼はもう言葉では止められない!」
当初は捕縛して指輪のことなどを聞き出せればとも考えていたが、その考えはもう捨てる。
いくら相手が生身の人間であろうが、ここで確実に止めなければならない。
そうでなければ、この男は本当に人外を滅ぼすためにどんなことでもするだろう。
『ああそうだ。今更お前たちと話すことなんてない。……ただ消え失せるがいい!』
再び強い力を放つ指輪。
しかしその力は今までのように広範囲に広がるのではなく、ディーン周辺の狭い範囲に集まっている。
そして次の瞬間、ディーンの足元から漆黒の闇が溢れ出した。
それはディーンを上に乗せたまま風船が膨らむかのように一気に体積を増していく。
咄嗟に後退の指示を出し、〈ミストルテイン〉が下がる間にもそれは続き、またたく間に直径数十メートルのサイズになった。
さらにはその漆黒の球体から触手のようなものが無数に生え、なんともおぞましい姿になる。
「あれもアンノウンなわけ……?」
「反応パターンも気配も近いですが……違います」
コウヨウの返答は彼には珍しくはっきりとしていた。
「穢れの塊ではありますが、何もない。空っぽです」
『ああそうだな。本能も、野性も、飢えも感じねぇ……あれは魔物未満の代物だ』
「魔物未満……?」
「魔物の体だけを形作ったもの……それをあの人が操ってる……!」
口も目も見当たらない巨体の上に立つディーンが両手を広げればそれに答えるように無数の触手も蠢く。
『気ぃ抜くなよ! 中身が伽藍堂だろうが力だけは“魔物堕ち”とも遜色ねぇ怪物だ!』
「わかった! 全員聞いてたな!?」
各機動鎧から返事が来るのを確認し、アキトはひとつ息を吐く。
『目標はディーン・ドレイク本人! 彼を野放しにはしておけない、確実に無力化するぞ!』
そうして戦いの幕は切って落とされた。




