12章-とある男の話-
――空を無数の閃光が駆け抜け、飛行能力を持つアンノウンたちは消えた。
今もなおこの人類軍本部にはアンノウンが呼び集められ続けているが、あれほどの一撃で薙ぎ払われてしまえばすぐに消えた再び同じだけの数のアンノウンが集まるまでにはそれなりの時間を要する。
すっかりと綺麗になってしまった空を見上げて、ディーン・ドレイクは忌々しげに舌打ちをした。
「大人しく死んでいればいいものを、人外どもの手を借りてまで抵抗してくるとは全く忌々しい」
視線の先には白い船を中心とする大艦隊。
人外の世界に詳しくないディーンでも、木製の帆船が空を飛んでいる様を見せられればそれが人外の船であることくらいすぐにわかる。
そのあと明らかに科学で作られた兵器ではできない攻撃を放たれれば余計にだ。
「人外との共存などできるものか」
今まさに共にアンノウンと戦っている人間の戦艦と人外の船。
あるいは共存の体現と見なせるそれを目の当たりにしながらも、ディーンは決して人間と人外が共存することができるなどとは思わない。
「……卑怯なバケモノどもと手を取り合うなど、気が狂ってる」
人外たちは、かつて人間からの対話を望むコンタクトをはねのけたのだ。
人外たちは、かつて卑怯にも人間たちを騙し討ちしたのだ。
人外たちは、かつて多くの人類軍の人間を殺したのだ。
――人外たちは、かつて多くの人間にとっての“愛する者”を奪ったのだ。
「ああそうか、あいつらは奪われていないから共存なんて耳触りのいいことが言えるのか」
ディーンはかつて、愛する者を――最愛の妻を《太平洋の惨劇》で失った。
ディーンのような人間はあの日奪われた命の数以上に存在する。
それがわからないほど愚かではないはずなのに、共存などとお綺麗なことを声高に掲げる輩がディーンには理解できないし、したくもない。
「一度卑怯な真似をしたモノが、同じことをしないなどどうして信じられるんだか」
呆れと侮蔑からのこぼれた言葉を聞く者は誰も居ない。
人類軍本部のとある場所でひとり佇むディーンは改めて戦場を確認する。
空にいた多数のアンノウン――全体の三分の一ほどが薙ぎ払われたことで勢いがついたのか、ここまで終始劣勢だった人類軍の側が持ち直しつつある。
特に〈ミストルテイン〉の戦力は際立って活躍しているのがわかる。
〈クリストロン〉がクローを振り回しながら獣のようなアンノウンを引き裂き、〈スナイプ〉の狙撃が比較的大きな中型アンノウンの頭部を的確に撃ち抜いて無力化、その側で〈ブラスト〉が大量のミサイルをばら撒いて地上の小型アンノウンの群れを爆撃する。
人外の兵器である〈ワルキューレ〉は高速で飛び回りながら再び増え始めた空を飛ぶアンノウンたちを始末して回り、〈アサルト〉は炎をまとった剣を振り回して周囲に炎をばら撒き空中も地上も、中型も小型も関係なくアンノウンたちを焼き払っていく。
そんな機動鎧たちを一体の大型アンノウンが狙うが、〈セイバー〉の振るった光り輝く刃でその首はあっさりと落ちた。
さらには〈ミストルテイン〉や白い船の率いる戦艦の援護が加わることで、とてつもない勢いでアンノウンたちを蹴散らしていく。
そして最後に、ディーンも知らない戦闘機のような謎の兵器が我が物顔で飛び回りながらあちこちのアンノウンを屠っていく。
「……愚かなくせに力だけはあるというのが厄介だ」
さらに彼らの活躍のせいでこの基地に配備されていた戦力もまともに機能するようになりつつある。
この調子だと、アンノウンたちの勢いを人類軍の勢いが上回るまでそれほど時間はかからないだろう。
――だが、それも無駄なことだ。
現在のアンノウンの出現ペースでは形勢は逆転する。
ならもっとアンノウンを呼び集めればいいだけのこと。その余力はある。
「さあ、もっと集まれ。無駄な抵抗を続ける愚かな連中を食い殺せバケモノ」
ディーンの右手、はめられた指輪に輝く紫色の石から再び強く黒い光が溢れ出す。
アキトたちの前で放ったものよりも強く、より禍々しい気配を強めて、溢れ出る力は周囲の空間をひび割れさせる。
その中心でディーン・ドレイクは笑みを浮かべる。
ディーン・ドレイクという軍人の躍進は六年前――最愛の妻を《太平洋の惨劇》で失ったことから始まった。
妻の仇を討つとともに、自らのような苦しみを味わう者をこれ以上増やさない。
その一心から周囲も驚くほどのスピードで出世を重ねた彼が人類軍上層部に名を連ねたのは《太平洋の惨劇》から二年経過した四年前。
故に、ディーン・ドレイクは六年前の真実を――彼の最愛を死に至らしめた一番の原因が【異界】ではなく人類軍の側にあることを知らない。
彼が上層部に入ってすぐにその真実を知ることができたのならば、今に至るまでの多くのことがよい方向に変わっていたのかもしれない。……しかし、それは所詮“もしも”の話。
真相を知ることのない悲しき男は、ただただ世界を脅かす穢れの化身たちを呼び続けるばかりだった。




