2章-好奇心は猫を殺すかもしれないがそれはそれ①-
マイアミ基地での〈ミストルテイン〉およびECドライブ搭載型の機動鎧の点検は約半分――機動鎧四機の点検が終わり、〈ミストルテイン〉本体のチェックを残すだけのところまで進んでいた。
予定されていた日程に遅れは特になく、この調子で進めば予定通りに全てが終わるだろう。
〈ミストルテイン〉含む新型各種を開発した対異能特務技術開発局の人員による点検が終わればそこからは十三技班の領分になる。
さらに言えばゲンゾウの交渉によって無事に新型四機に最低限の整備以上の手を加えることの許可も下りたので、十三技班の面々はここまでの旅路と比べてのびのびと活動できるようになった。
そんな格納庫でシオンもまた鼻歌混じりに〈アサルト〉の整備をしていた。
これまでは軍服を軽く気崩しているのがシオンの基本スタイルだったが、〈アサルト〉の整備をする許可を上層部からもぎ取って以降は十三技班の作業着にすっかり変わっている。
「(やっぱりこういう楽な服が俺には合ってるよな~)」
軍服も決して動きにくかったわけではないが、どう考えても楽な服装ではない。
それと比べれば、生地も柔らかく汚れても問題のない作業着の楽なこと楽なこと。
誰に言うわけでもないが今後は出撃もこの服でこなす気満々なシオンである。
「シオーン! ちょっと聞きたいんだけどいい?」
〈アサルト〉の肩の高さに届く足場の上で作業していたシオンを下からリンリーが呼んでいる。
それを確認したシオンはひらりと足場から飛び降りて彼女のそばに降り立った。
「リンリー先輩。なんですか?」
「えっとここに書いてあるパーツのことなんだけど……」
リンリーの持つタブレット端末の画面を覗き込みつつ話を進める。
ちょっとした確認に対して手早く答えて会話を終えたシオンは足場の上へと戻ろうとしたのだが、途中でロビンに呼びとめられた。
「今度はロビン先輩ですか。なんでしょう?」
「〈アサルト〉の照準補正のことなんだが……その前にお前の体勢に突っ込んでもいいか?」
ロビンに呼びとめられたシオンは中途半端に空中に留まったまま、要するにフワフワと宙に浮いたままロビンとの会話をしていた。
シオンとしては大したことではないのだが、ロビンたちからすれば気になることなのだと指摘されてようやく気がついた。
「おっと失礼」とひと言告げてから地面に足をつけてロビンと改めて向き直る。
「なんかお前、こうやって〈アサルト〉の整備するようになってから普通に不思議現象起こしまくりだよな?」
「そうよね~、見てて面白いから私は嫌いじゃないけど」
ふたりの指摘通り、最近のシオンはあまり気にせずに魔法を使いまくっている。
整備で高い位置をいじるときには足場まで飛んでいくし、場合によっては浮かんだまま作業をする。通常クレーンなり小型車両なりを使って運ぶ必要のある荷物を浮かせて運ぶなどなど。
別に無意識というわけではなく、もう色々バレてしまった中で魔法を使うのを我慢するのが馬鹿馬鹿しくなったのだ。
「だって、魔法使うと楽なんですもん」
「野郎がもんとか言っても可愛くねえぞ」
「学生時代は秘密だったからちゃんと自重してましたけど、魔法使えば指一本で済む作業をわざわざ何倍もの手間かけてやるのって馬鹿らしいじゃないですか」
シオンの主張に「確かに」と頷くロビンとリンリー。このふたりでなくとも誰だってシオンの主張には同意してくれるに決まっている。
「ま、うっかり素が出てるってわけでもなさそうだしお前の好きにすりゃいいさ」
「でもシオンがそういう風にしてるの見てると、私たちもちょっとくらい楽できたらなーって思っちゃうわよね~」
「わかるぜ。いちいち車両で荷物運ぶとかすげー面倒」
笑いながらそんな話をしているロビンとリンリーを前に、シオンは少し考える。
「じゃあ簡単な魔法教えます?」
それから愛すべき先輩ふたりに対してそのように提案した。
「「…………は?」」
シオンの提案に豆鉄砲をくらったかのように口を開けてポカンとするふたりにシオンは首を傾げる。
「あれ? 魔法覚えて楽したいって話でしたよね?」
「それはそうだけどよ。「料理のレシピ教えます?」並みのテンションでそんなことしていいのかよお前」
「別にいいですよ。魔法だってよっぽどの大魔法でもなければ結局は単なる技術ですもん」
そもそも、普通の人間の間に伝わっている魔法が存在しないわけではない。
日本に伝わる"こっくりさん"や都市伝説として噂される様々な"おまじない"の一部は実のところ本物の魔法だ。
大半は発動の手順や必要な道具などの情報が正しく伝わっていないせいで不発に終わるが、たまに人間の手によって正常に発動することがある。
生きとし生ける全てのものが魔力を持つ以上、人間だって正しい手順さえ知っていれば簡単な魔法は使える。
つまり料理のレシピとそう変わらないのである。
シオンによるそういった説明を受けたふたりはというと、
「「よしやろう。今すぐやろう」」
それはそれは楽しそうな顔で即答した。
一応人類は《異界》と戦争していたりするのだが、彼らふたりに魔法に対する恐怖など微塵もない。
子供のようにキラキラと目を輝かせるふたりにあるのは、極めてシンプルな好奇心のみ。
それはロビンとリンリーに限った話ではなく、「シオンに魔法を教えてほしいやつ集合!」というロビンのひと声でゲンゾウ含めた十三技班全員がドタドタと集まってくるのだった。
 




