12章-乱入するもの-
アンノウン蔓延る人類軍本部の一角。
整備されたとある車道を、一台の輸送車両がとんでもない速度で走行していた。
「緊急時とは言えこんなにスピード出してるとなんか悪いことしてる気分なんだけど!?」
「とか言って結構ノリノリじゃねぇの、ナツミ」
「そこのふたり。もう少し緊張感を持ってくれるか?」
ナツミとギルのやり取りに思わずアキトはツッコミを入れた。
動揺していないのは良いことだが、普段通りすぎるのも問題がある。
「特に、グレイス君はともかくナツミまでシオンみたいな調子なのは複雑だ」
「それは……確かにちょっとあたしも複雑……」
「別にいいじゃねぇか。やたら緊張してるよりはマシだろ」
「そうは言うが、俺たちは生身でアンノウンの群れのど真ん中を通過してる最中だぞ?」
〈ミストルテイン〉を動かすのに最低限の人員だけ連れて宿泊施設を出たアキトたち。
運良く手頃な輸送車両があったのでその運転を戦艦だけではなく車両の運転でも高い技能を持つナツミに任せ、〈ミストルテイン〉を停泊させている本部のドックまで爆走中というのが現在の状況だ。
言葉にするとそれだけだが、アンノウンが好き勝手に徘徊、しかも今もなお出現を続けている本部を武装のひとつもない車両で走っているというのは、普通に考えればかなりの無謀である。
「お、左から来てやがるな。ギルの坊主」
「あいよー」
運転席にナツミ、助手席にアキト。その後ろの荷台部分でそんな会話があった直後、車両の左側から炎が放たれて接近してきていた小型アンノウン数体をまとめて消し飛ばした。
「よし、クリア!」
「おっと次は俺様の方だな」
続いて右の方向に光の斬撃がいくつか放たれて小型中型入り乱れたアンノウンたちの首や足を切り落とした。
「おい化けギツネ。他はどうだ?」
「えっと幸いこの辺りは出現数自体他より少ないみたいです。ひとまず新しく空間の歪みから魔物が出てくるようなことさえなければ、それほど危険ではないかと」
コウヨウの言葉の通り、アキトの感じ取れるアンノウンの気配も先程までいた宿泊施設周辺よりは少ない。
少ないだけで先程のように普通に接近されたりはするのだが、武装はなくとも朱月とギルがあっさりと撃退していくので問題はない。
普通であればかなりの無謀であるはずのことだが、案外大きなトラブルなくここまで来ている状況だ。
「こんなことなら車両もう一台分くらい連れてきてもよかったんじゃねぇか?」
そう指摘するラムダの後ろで他のメンバーも頷く。
現状この車両に乗っているのはアキトを筆頭に〈ミストルテイン〉を動かすためのブリッジメンバーとしてナツミ、ラムダ、コウヨウ、セレナの5名。
そして万が一何か技術的問題があった場合に備えて十三技班からゲンゾウ、ロビン、カナエ、ギルの四名。
最後に道中アンノウンを退けるための朱月を含め、計十名だ。
これは本当に最大限まで絞った人数であり、何かイレギュラーが起きた場合の保険は一切かけられていない。
確かにラムダの言うようにもう少し人員を連れてきてもよかったのかもしれないが……
「いや。正直この後も安全とは限らないからな。やっぱりこの人数が最善だったと思う」
「そう、ですね。僕も艦長の言う通りだと思います。実際この辺りだっていつ空間の歪みが生じてもおかしくないですし」
本部の中央部よりはマシというだけであって、この辺りが十分に危険地帯であることは変わらない。
油断できない以上はやはり最低限の人数で確実に〈ミストルテイン〉に到着できるようにする方がいいだろう。
「でも……」
「でも?」
「あ、いえ。その、この騒ぎの元凶はディーン・ドレイクさん、なんですよね?」
「ああ。それは間違いない」
彼の右手にはめられていた指輪からアンノウンの力が発せられていたのをアキトは確かに目にした。
ディーンは間違いなく人間だったはずなので、あの指輪こそが魔物を呼び寄せる力の源であるのは間違いないだろう。
「ただの人が、とても広い人類軍本部全域をこんな風におかしくできてしまうなんて、その指輪はいったいどれだけの力を持った指輪なんでしょう? それにそんなものをどうやって手に入れたんでしょう?」
言われてみればその辺りも気になるが、それを知るにはディーンを止めた上で彼から聞き出す他に方法はない。
「それを明らかにするためにも〈ミストルテイン〉に急ごう」
コウヨウを始めとした面々がアキトの言葉に頷くのを確認してからアキトは前を向く。
その直後、嫌な感覚と同時に前方の異変に気づいた。
「ナツミ! 前方に亀裂が入ってるぞ!」
車両の進行方向の空中にアンノウン出現の予兆である亀裂がひとつ。
アキトが気づいた時にはまだ小さかったのだが、ものの数秒で一気に亀裂が広がっていく。
「不味いです! あの規模だと下手すると大型が出てきてしまうかも!!」
「大型ってなるとさすがの俺様も生身でやれるかわかんねぇぞ!」
「でも〈ミストルテイン〉にどんなに迂回してもバレちゃうよ!?」
アキトたちにとって都合の悪いことにもう〈ミストルテイン〉が停めてあるドックは目と鼻の先だ。
迂回したところで今から出てくるであろうアンノウンに気づかれずに〈ミストルテイン〉に乗り込むというのは難しい。
「(最悪、俺と朱月でなんとかするしか……!)」
最悪、艦長なしでも戦艦は飛ばせる。
生身で大型と戦うなど正気の沙汰ではないが、この状況で取れる選択肢はそれしかない。
そう判断し他のメンバーに指示を出そうとした矢先、アキトたちの上を何かが駆け抜けた。
一瞬新手のアンノウンかと警戒したが、魔物も気配はしない。
仰いだその先には戦闘機のようなシルエットがひとつ。しかしアキトの知る人類軍の戦闘機とは明らかに大きさや形状が違う。
「……オイオイ待て待て。なんであれが飛んでやがる!?」
真後ろでゲンゾウが驚く理由を尋ねる間もなく上空で見事な宙返りを決めたそれがこちらに向かって急降下してきた。
やや後方から迫る飛行物体と前方の空間の歪みに挟み撃ちにされている状況だ。
「(なのに、なんで俺はこんなに落ち着いてる?)」
前方には明らかな危機。後方から迫るものも未知。
どう考えても危機的状況のはずなのに、アキトは何故か妙な安心感を覚えている。
その間にも状況は動き、広がった亀裂から大きな獣の頭が姿を表した。
アキトたちの車両を丸呑みできそうな大きな口を持つそれは間違いなく大型アンノウンに分類されるだろう。
そんな巨大な獣が咆哮する――よりも一瞬早く、未知の飛行物体がアキトたちを追い越してアンノウンへと突撃した。
そして戦闘機のようだったシルエットがおもむろに変形し、人の形へと変わる。
それを見てアキトはゲンゾウの驚きの理由とあの飛行物体の正体を理解する。
「試作1番機か!!」
〈パラケルスス〉と共に作られた、人類軍においてもっとも先端を行くであろう兵器。
変形機構を有する前代未聞の機動鎧。
突如現れたそれは大型アンノウンとアキトたちの間に割って入ると、胸部から閃光を迸らせた。




