12章-運命の時〜言い訳〜-
「それでは、早速話してもらおう。先日中東でいったい何があったのかを」
ぐるりとアキトたちを囲む上層部の面々。
その中でも年配の高官が代表として投げかけてきた問いを受け、アキトはすぐに説明を始めた。
前提としてシオンが北欧に出現した魔物堕ち――ファフニールを自らの肉体に封じ込めていたことについて改めて触れる。
それ自体は当時も説明していたが、それによってシオン自身が体内に魔物の力を宿していたことがつい最近発覚したことまではまだ人類軍には説明できていなかった。
「何故判明した時点で説明をしなかったのかを聞かせてもらえるかね」
「発覚のタイミングと、人類軍内部に最高司令官暗殺を企てている人物がいると判明したタイミングがほぼ同じだったためです」
明確に人類軍内部、しかもそれなりの中枢にそういった悪意ある人間が存在することが判明したのはシオンの状態が判明した翌日だった。
「加えて、私たち〈ミストルテイン〉はクリストファー・ゴルド最高司令官の護衛の任を与えられ――さらに言えば私たち以外では護衛が困難な状況にまでなってしまいました」
「それと報告をしなかった理由がどうつながる?」
「この情報を伝えれば、〈ミストルテイン〉にあらぬ疑いをかけられることはもちろん、それを大義名分として最高司令官の護衛の任をその場で解かれていたでしょう。そうなってしまえば最高司令官の命を狙う者たちの思う壺だと判断しました。……それは今は亡きゴルド最高司令官のお考えでもあります」
と、言っておくが、実際はクリストファーにすらこの事実は説明していなかったし、なんなら単純にシオンや〈ミストルテイン〉が拘束されることを危惧して何も説明しなかったというのが真実だ。
しかしそれがデタラメだと判断できる人間はこの場にはいない。
そしてこうしてクリストファーの名前を出しておけばそれだけで推進派の面々は文句を言いにくくなる。
裏で彼のことをどう思っていたかはともかく、ここで表立ってクリストファーに対して敵対的な言動をすれば暗殺の黒幕の疑惑を自分からかけられにいくようなものなのだから。
「……わかった。確かに〈ミストルテイン〉の護衛がなければゴルド最高司令官はもっと早くに亡くなっていただろう。さらに言えば、それに伴う周囲への被害も決して小さなものではなかったはずだ」
クリストファーの判断であるという言葉も実際の功績も無視することはできなかったようで、この話題に関してはひとまず不問という方向になるようだ。
「では次に、その状態の彼が実際にどうなったのかを聞かせてもらおう」
「端的に申し上げますと、シオン・イースタル自身が魔物堕ちとなりかけてしまったのです」
「そのようなことがあり得るのか?」
「私たちはもちろんシオン・イースタル当人もそうなることはないと判断していたのですが、想定外の外的要因が引き金になったのです」
「引き金だと?」
「中東の戦場に出現した謎の無人戦艦です」
テロリストたちが集結していた拠点跡とは完全に別の方向から突如戦場に乱入してきた人類軍の旧式飛行戦艦。
そこに詰め込まれた大量のアンノウン誘導装置の同時起動がシオンですらも予想外の事態を引き起こした。
「シオン・イースタル当人ですら想定していなかったことです。あの謎の戦艦を差し向けた人物も含め誰もあのようなことになるとは予想していなかったでしょうが……あの戦艦さえなければシオン・イースタルのアンノウン化は起こるはずがありませんでした。その点だけは断言させていただきます」
「ふむ……そのシオン・イースタルは健在のようだが、どのようにアンノウン化した状態から戻ったのかね」
「単純にアンノウン化してから時間が経過していなかったため、魔物としての力を削り落とすことで元に戻すことに成功しました。協力者であるガブリエラ・レイルの情報提供による判断です」
「何故、〈ミストルテイン〉単独で実行に踏み切った?」
「時間が経過すればするほどアンノウン化は進行し、人類軍では太刀打ちできない魔物堕ちとして完成してしまう可能性が高かったためです。魔物堕ちのアンノウン自体が彼の封印なしでは退けられない存在ですので、上層部の判断や他の部隊との合流を待っていては救出以前に討伐すらできなくなっていたでしょう」
「…………わかった」
人類軍では倒せないとアキトが断言したことに嫌な顔をした高官は少なくはなかったが、実際ヤマタノオロチやファフニールに手も足も出なかったのだから何も言えはしない。
それも見越して用意した多少のウソも混ぜた説明の効果は覿面だったようである。
「(ひとまず、こちらに大きな過失がないという流れにはできているか)」
シオンの状態に関する情報を黙っていたのは人類軍内部の危険人物を警戒してのクリストファーの判断。
単独で救出に踏み切ったのは、先を見据えた上での最善の判断。
どちらも悪意ではなく人類軍の利益を考えてのものであった――という話の流れにはできている。
もちろんアキトの証言以外の証拠はないわけだが、逆にアキトの証言を否定できる証拠もあちらにはない。
現在の上層部は〈ミストルテイン〉のことをよくは思っていないはずなのでアキトの証言を信じてはくれないだろうが、なんの根拠もなく疑ってかかるわけにもいかないだろう。
わかりやすい弱みを晒さずに済んだあたり、ここまでは順調といったところだ。
「(ここまで言い訳できるとは俺もずいぶん小賢しくなったよなぁ……)」
この場においてその小賢しさはむしろよいことなのだが、少々複雑な心境である。




