2章-第0回 シオン先生の人外社会講座②-
「はい! 次の≪魔女の雑貨屋さん≫の話はちょっと長くなるので、話進めますよ」
少し重い空気になってしまったのを払拭するようにパンと一回手を叩いてアキトの注意を引く。
「長くなると言うが、別に同じくらいの説明でもいいんだぞ?」
「いや、来週には情報と武器受け取るんですよ? ここのことはそれなりにちゃんとお勉強しておいたほうがいいんじゃないですか?」
それもそうかとアキトが納得するのを確認してから、シオンはひとつ咳ばらいをした。
「前にもちょっと言いましたけど、≪魔女の雑貨屋さん≫は人外社会の大手通販会社です」
「聞くたびに違和感がすごいな……」
「まあ獣耳生えた人間が通販してるのとか想像するとシュールですよね」
一応シオンも人間なのでアキトの感じている微妙なミスマッチ感はわからないでもない。
ただそこを気にしていると話が進まないのであえて深くは掘り下げないでおく。
「ホームはヨーロッパですが、世界中に従業員の魔女を派遣しているのでほとんどの国で活動してます。一般的な人間社会の通貨も使えますし、物々交換もOKですね」
「ハチドリもそんなことを言っていたが、物々交換というのは具体的に何と交換するんだ?」
「魔女が価値があると判断すればわりとなんでも……ハチドリたちは多分薬作りに使える薬草とか木の実を交換してたんじゃないかと」
そもそも人間社会に溶け込んでいるような一部の人外を除き、金銭を持つという考えを持たない人外のほうが圧倒的に多い。
そんな中で金銭での取引だけに絞ってしまえばほとんどの人外は客にできなくなってしまう。
「ちなみに、俺昼間にミセスがざっと一〇〇〇歳くらい年上みたいに話したと思うんですけど……実は俺も厳密な年齢は知らないんですよね」
「ならどうして一〇〇〇歳という数字が出てきたんだ?」
「≪魔女の雑貨屋さん≫が去年創業一〇〇〇年のセールやってたので」
「創業一〇〇〇年……」
とてつもない数字にアキトの気が遠くなっているのがシオンからもよくわかるが、人外社会について知りたいと言い出したのだからこれくらいのことには慣れてほしいところだ。
「……そういえば、"魔法使い"にしろ"魔女"にしろ魔法を使う者というニュアンスは同じだと思うんだが、呼び方を使い分けているのは性別の違いなのか?」
アキトの疑問に、シオンは内心感心した。
下手をすれば勝手にそのように解釈して自己完結してしまいそうなことを、アキトはちゃんと確認してきた。
あくまで偶然なのかもしれないが、そこに引っかかりを覚えたというのは勘が良い。
「性別とかは関係なくて、少なくとも現代では"魔法使い"と"魔女"は完全に別物です」
「なんだか含みがあるな……」
「含みっていうか、大昔は本当にそこの区別は曖昧で、それこそ性別の違いだったかもしれないとかなんとか?」
細かい事情はシオンも把握しているわけではないので上手く言葉にできない。
だからとりあえず現代における分類だけを説明することにする。
「"魔女"はそれ自体がひとつの人種だと思ってください。現代においてはミランダ・クローネの血を引く者のみが"魔女"に分類されます。……で、それ以外の生物学上人間に分類される魔法を使える人間、まあつまり俺みたいなのは性別関係なく"魔法使い"という扱いです」
よりわかりやすく言うなら、"魔女"は日本人やアメリカ人のようなニュアンスで、"魔法使い"は会社員や軍人のようなニュアンスになる。
「……だから≪始まりの魔女≫なのか」
「本当にこの世で初めての魔女なわけじゃないんですけど、始祖であるミランダさんの不老不死が不老長寿として子孫に遺伝しちゃったらしくて……数世紀かけて"強い魔力を持つ不老長寿の女性しか生まれない人種"っていう分類が定着しちゃったとかなんとか」
「……すまん。いくつかとんでもないワードが含まれていた気がするんだが」
「慣れてください」
シオンの取り付く島もない返答に、アキトはテーブルに両肘をつき重ねた両手に額をつけてしばらく沈黙した。
「とりあえず、魔法使いと魔女の違いについては理解した」
途中に飛び出したとんでもワードについてはひとまず深く考えないことにしたらしく、本題を理解できたことだけを端的に伝えてきた。
シオンとしてもこのアキトの対応が正解だと思う。
これまでの常識から逸脱したことを聞いて即座に受け入れろというほうが無理な話なので、無理をして受け入れようとして他のことに支障をきたすよりは一旦脇に置いておくほうがいい。
「そういうわけで、≪魔女の雑貨屋さん≫の従業員は全員"魔女"。しかも見た目だけでは年齢もわからないっていう、とっても厄介な相手ばかりなわけです」
「基本的に厄介なのか?」
「人によりけりではありますけど……もしかしたら百年単位でこっちよりも人生経験が豊富な相手ですから」
必ずしも年を重ねているほうがよいというわけでもないが、経験値が段違いなのは間違いない。
しかも魔女の体はだいたい二〇代で成長が止まるので、人間と違って老化による痴呆などとは無縁なのだ。
二〇代の脳みそで数百年分の経験値を溜めこんだ相手と駆け引きをしなければならないというのは、普通に勝てる気がしない。
そんなシオンの内心を察したのかアキトも厳しい顔をしている。
「今回はともかく、今後魔女に関わることがあったら最大限警戒してください」
「……もしかしてお前、魔女に関するトラウマでもあるのか?」
シオンがあまりに魔女を警戒していたからか、アキトはそういった結論に至ったらしい。
ちなみに答えはイエスだ。
「俺の魔法の師匠、魔女なんですよね……」
「確かにそう言ってたな」
「≪魔女の雑貨屋さん≫に所属していない変わり者で……まあこれがエキセントリックな人でして……」
「イースタル、その話は無理にしなくていい。……お前のトラウマを掘り返したくないし、正直俺もこれ以上とんでもない話を聞かされたくない」
「……そうですね。とにかく魔女には注意してください」
その後、アキトだけではなくシオンも意図せず精神的疲れ果ててしまったため、今回の人外社会講座はこれにて終了ということになったのだった。




