12章-情報交換①-
『――なるほど、なんだか大変なことになってるのね』
北米に向かうべく解散した後、アキト、ミスティ、アンナ、ガブリエラ、朱月の五人で艦長室に集まり予定通りレイル隊への連絡を取ることにした。
そしてひとまず〈ミストルテイン〉の現状を説明したところでのサーシャの感想がこれである。
『こればっかりはアタシたちが何か助けてあげられることでもないわよね』
「むしろ人外がしゃしゃり出てきたら話が拗れるだけだろうな」
『そうよねー。こればっかりは力技でどうにかできるものでもないし……』
「いっそ皆殺しにして終わりなら楽なんだが」
『そうもいかないのが人の世ってやつよね』
「……少し話はそれるんですが、サーシャさんと朱月は以前から知り合いで?」
ポンポンと言葉を交わす様子はずいぶんと親しげで、シオンとサーシャのやり取りにも近いものを感じる。
ただ、クラーケンの一件でサーシャと接触した時に朱月が彼女と言葉を交わす場面はなかったはずだ。
『あーそういえばこの間は朱月とは直接話さなかったもんね。それにアキトくんたちの手前話ができても当たり障りない感じになってただろうし』
「そういえばサーシャさんも俺たちの事情はご存知だったんでしたね……」
「ご存知なんてもんじゃねぇぞ。なんならアキトの坊主は赤ん坊の時サーシャに会ってる」
「…………は?」
『そりゃあアタシはコヨミと友達だもん。友達が赤ちゃん産んだらお祝いするし見に行ったりもするでしょ普通』
「……すみません。いろいろと理解が追いつかないのでこの話はまたの機会に」
聞きたいことはいくらでもあるが、それを話せば確実に本題から話がそれる。
今はそれよりも優先すべきことがあるだろう。
「とりあえず、〈ミストルテイン〉の状況は先程話した通りだ。……レイル隊の状況はどうなんだ?」
≪銀翼騎士団≫に気取られるリスクを避けるためにあまり長い話をすべきではないということだったが、アキトたちが今後自由に動けなくなる可能性を考えれば多少のリスクは承知の上でしっかりと情報共有をしておくべきだ。
その点に関してはレイル隊も異論はないらしい。
『あまり状況はよくないね。知っての通り、既に≪銀翼騎士団≫の本隊がこちらに来てしまっている』
問題の本隊は最初に出現したあたりを拠点とし、当面はまず欧州を中心に活動する予定であるらしい。
「具体的にどう動くのかはわかるのか?」
『しばらくは欧州を中心に人類軍の拠点を制圧していく……はずだ』
「……どうも発言が曖昧ですが、レイル隊は具体的な命令を受けていないのですか」
『私たちレイル隊――というかレイル家やレイル家に親しい者たちが総じてこの戦争に積極的ではないのは、王国では有名なことだからね』
《境界戦争》そのものに積極的ではないであろうレイル隊には今現在も偵察や情報収集といった任務が与えられており、本隊の動きに関する情報は最小限しか入ってこないということらしい。
それでも独自の情報網を介してそれなりには動向を掴めているようだが、直接聞いたわけではないので若干信憑性に欠けるそうだ。
「しかし、何故欧州の拠点を制圧するんだ? あれだけの戦力があれば直接人類軍本部を叩くことも可能だと思うんだが」
『確かに可能だろうけど、双方に大きな被害が出るのは避けられないだろうからね……そもそもこちらの目的は来る災厄への対処だから、この段階での双方の損害は最小限にしたいんだ』
「とはいえ、【異界】の軍勢は世界を超えて敵の勢力圏の真っ只中に来ているわけですよね? 補給なども難しいでしょうし、早期決着を目指す方が被害は少ないのでは?」
≪銀翼騎士団≫がどれだけ戦力を揃えていようと、この世界そのものが彼らにとってはアウェーだ。
世界を隔ててしまっている以上は【異界】からの後方支援なども簡単には得られないはずなので、時間をかければかけるほど物資が不足して不利になるというミスティの見立てが間違っているとはアキトも思わない。
『だからこそ、欧州の制圧を進めているんだ……欧州という地は“天族”にとってそれなりに縁のある土地だからね』
「縁がある……?」
ミスティが困惑する一方、アキトには思い当たることがあった。
「“天使”というのは主に欧州の神話や伝説で登場する人外だ。そのモデルとなったのが“天族”なら、かつて“天族”は欧州の地で活動していたことになる」
『ああ、その通り。私たちの祖先が神々によって生み出された場所――それがまさに欧州という土地なんだ』
その関係もあり、欧州の地のマナは“天族”との相性が良い。
数千年ほどの間は空いているが、ある意味で“天族”のホームと言ってもいい土地なのだ。
『地形がとんでもなく変わっているというわけではないから、魔術的な地の利――龍脈などの自然界のマナの流れはそこまで大きく変化してない。だから欧州を制圧してしまえば自然界から魔力を補給することができる』
「魔力があればだいたいのことはどうにかできるのが俺様たち人外だからな。そこだけ確保できりゃどうにでもなるってわけだ」
「だからまず欧州を押さえて、それから本格的に他所にも手を伸ばしていく、というわけか」
つまり、現時点で≪銀翼騎士団≫は前線基地の準備を進めようとしているのだ。




