12章-訪れてしまった刻限-
――欧州のとある田舎町。
夜が終わり朝日がようやく顔を出した早朝。まだ多くの人々が眠りについている時間帯。
太陽の光が広がる山々の緑を照らしていく中、黒から青に変わった空に光が瞬いた。
ほんの小さな、そしてわずかな瞬き。
見間違いとも思うような微かな光は、そうではないと主張するかのように再び光を放つ。
二度、三度、瞬きを繰り返して、その度に強まる光。
最初はひとつのみだったはずの輝きは気づけば、数え切れないほど多く空に広がっている。
――まるで青空に星が瞬いているようだ。
偶然にもその光景を目にした誰かは、輝く光の数々をそのように表現した。
決してありえないはずの幻想的な景色。
青空に輝く星々と形容された無数の光は、やがてそのひとつひとつから光の線を伸ばす。
それはまるで星座のように、無数の光が繋がり青空に巨大な紋様を浮かび上がらせた。
いつか北欧で観測された謎の魔法陣と比べれば小さなものだが、それでも田舎町ひとつを余裕で飲み込めるほどの大きさの幾何学模様。
その一角からおもむろに大きな影が姿を表す。
それは、船だった。
人類軍の戦艦とは似ても似つかぬ、中世の帆船のようなシルエット。
ジェットエンジンもプロペラも、翼すら持たないにもかかわらず空に浮かぶそれは、およそ人間の手で作れるものではないと誰が見てもわかる。
それが一隻、また一隻と空の紋様から姿を現した、着々とそれを埋め尽くしていく様を目撃者たちは呆然と見上げることしかできない。
それからどれほどの時間が経ったのかは定かではない。
ただ、一際巨大な一隻の船が姿を現した直後に紋様は溶けるように消え、それ以上空を飛ぶ船が現れることはなくなった。
数える気にもなれないほどの数の船。
船団と呼ぶにふさわしいそれらの中央に悠然と佇む巨大な一隻から、見えざる“何か”が発せられた。
それは音だったのかもしれないし、何かの電波、あるいはそれとも違うものだったかもしれない。正体がなんなのかなど理解できないが、誰もが“何か”が放たれたことだけは確かに感じ取っていた。
『――――この世界に住まう、全ての命に告げる』
人々の頭に、唐突に男の声が響いた。
多くの人々にとって未知の、人外たちが念話と呼ぶ魔術で男は語りかける。
『我が名は、セイファート王国≪銀翼騎士団≫団長、ギルベルト・ガルブレイス。この世界において【異界】と呼ばれる土地を守る騎士である』
男――ギルベルトは全世界に対して堂々と名乗りを上げた。
それだけで彼の言葉は終わらない。
『我ら≪銀翼騎士団≫は今この時この瞬間、この世界の守護者たる人類軍へと宣戦布告する』
“宣戦布告”。その言葉に世界中の人々が驚き、その表情を強張らせた。
そんなことなどお構いなしにギルベルトの言葉は続いていく。
『我らは、不要な戦いを望みはしない。無用な殺生を好まない。故に戦う意志を持たぬ者に刃を向けることは決してないと騎士の誇りに誓おう。――しかし、我らの前に立ちふさがる者はその悉くを打ち破るだろう』
淡々と、しかしそこに確かな闘志を秘めた言葉に世界各地で多くの人々が小さく悲鳴をあげた。
届いているのは思念のみであり、ギルベルトが目の前にいるわけではない。
しかし確かに多くの人々が彼に圧倒され、心を挫かれた。
それだけの覇気がギルベルト・ガルブレイスという騎士にはあったのだ。
『……繰り返す。我ら≪銀翼騎士団≫は今この時より人類軍との戦を始める。戦意なき者は投降せよ。――戦意ある者は死を覚悟せよ』
その言葉を最後に世界中に届けられた念話は途切れた。
とあるなんでもない日の早朝。
六年にわたって沈黙を続けていた【異界】の軍勢の登場を皮切りに、《境界戦争》が再び幕を開けた。




