12章-眠る少年のあれこれ-
「シオンと言えば、ひとつ改めて確認だ。シオンは今どういう状態なんだ」
「あ? ああ、そういや細かい話はしてなかったが……割と今更だな」
アキトの問い予想していなかったのか朱月の反応が一拍遅れた。
「今更か?」
「いや、普段アキトの坊主はかなりシオ坊の安否に気を配ってやがるだろ? なんなら自分たちのことそっちのけで最初に確認されるんじゃねぇかと思ってたが、そうしなかったからな」
「最初は流石に混乱していたからな……それ以降確認しなかったのは、玉藻様がお前に何も言わなかったからだ」
朱月の言葉によれば、シオンは朱月が奪ったシオンの肉体の奥底で眠っている状態であり、朱月にシオンを害するつもりはないとのことだった。
それだけであれば少々信用に欠けるが、朱月と玉藻前が普通に会話をしていたとなると話は変わる。
「玉藻様がシオンのことを可愛がっているのはよくわかってるからな。仮にお前がシオンに何か悪さをしてたんだとすれば、彼女が黙ってるはずがない」
「確かにな。シオ坊に手ぇ出そうもんならあの狐筆頭にいろいろやべぇのが出てきそうだ」
朱月が思い浮かべているのと同じ人物をアキトも思い浮かべているし、もしかするとアキトや朱月の知らないさらなる危険人物が出てくる可能性すらある。
それに朱月の目的にはシオンが不可欠なのだ。害することはもちろん必要以上に機嫌を損ねるのも朱月にとってマイナスにしかならない。
とにかく、朱月がシオンに対して体を奪う以上のことしていないのは間違いないだろう。
「実際のところ、最初に説明した通りだ。俺様はシオ坊の意識をこの体の奥に封じ込めて、代わりにこの体を動かす主導権を握った。それ以上のことはしてねぇよ」
「見た目が変わっているのは?」
「シオ坊の体質だかなんだかしらねぇが、勝手にこうなった」
「そんなことがあるのか?」
「あったもんは仕方ねぇだろ。……思えばファフニールや魔物の力が強まった時には翼やら鱗やらいろいろ出てきてやがったからな」
そもそも人外が魔物に堕ちたからといって本来の姿から変化するわけではないらしい。
にもかかわらずシオンがあのように姿からして異形化したのはあくまで例外だそうだ。
「俺様が主導権を握った途端におおよそ俺様本人の見てくれになったあたり、≪天の神子≫の体は魔力だの魂だの影響で変化しちまうもんなのかもな」
「どんな魔力にも適応できる体ってことを考えるとありえない話でもないか」
本人もよくわかっていないことが多いようなのでなんとも言えないが、今はそういうものだと受け入れるしかないだろう。
「眠っていると言っていたが、言葉通りシオンの意識はない状態ってことでいいのか?」
「一応そういう風にしたつもりではあるんだが……シオ坊のことだからな。しばらくすれば表にこそ出てこれないなりに体の中で目を覚ましたりなんてことはあり得る」
「……まあ、シオンのことだからな」
魔物化から生還した直後で弱っていたことや朱月が見事に不意をついたことであっさりと封じられてしまったようではあるが、そのまま黙っているような男ではない。
さすがに今さっきの封印をすぐにどうこうはできないとは思うが……
「そう簡単に壊されるような封印はしちゃいねぇ……とは、思うんだが……シオ坊の場合何やってくるか読めねぇんだよ」
「ああ、アイツはそういうやつだからな……」
こちらが予想もしない方法で、ある日突然さらりと朱月の封印を破って体を奪い返したとしてもなんらおかしくはない。
「ま、さすがに頭も冷えてるだろうし、俺様が体を奪ってから見聞きしたことはシオ坊にも伝わるように仕込んであるから改めて記憶をどうこうしようなんて言い出しはしねぇだろ」
そこさえ問題がなければ最悪突然体を奪い返されたとしても朱月としては問題ないらしい。
「……だったらいっそ今のうちに自主的に返したほうがシオンの怒りは抑えられるんじゃないか?」
「それもありだが、少なくとも今のところは間違いなく眠ってやがる。直前のことを思えばさすがに一日二日くらいじゃ目は覚まさねぇよ」
少なくともその間はシオンに体を返したところでシオンは眠ったままだろうというのが朱月の見立てだ。
「それに、この体でやっておきたいことはまだあるしな。借りてられるうちは借りておくさ」
「そうか……まあ、シオンに害がないならそれでも構わない。その方がアイツも休めるだろうしな」
朱月にシオンへの害意がないのなら、いっそこの状態にしておくほうがシオンを強制的に休ませることができていいかもしれない。
「新型開発が楽しいのか、最近まともに休んでる姿なんて見てないしな……」
「そのへんは十三技班の連中全員に言えることだろ」
「正直、俺様もあいつらにはドン引き」と真顔で言ってのける朱月。
基本的に人間が何をしてようが気にしない朱月がこの反応であるという時点で、その酷さは言うまでもない。
「さて、長々と話をしちまったが……お前さんもちゃんと休んどけ。そもそも≪月の神子≫の権能を発現したんだ。体は相当疲れてるはずだぞ」
「言われてみれば、少し気だるいな……」
初めて〈光翼の宝珠〉を使ったときほどではないが、朱月の言う通り疲弊しているようだ。
「俺様の話に乗るかどうかすぐに結論を出せとは言わねぇし、そもそもお前さんたちがどうしようが俺様はやる気しかねぇからな」
「それはそれでどうなんだ」
「とにかくとっとと休んで、落ち着いて考えりゃいいってこった」
そう言い残して朱月は姿を消した。
いろいろと考えなければならないことはあるが、朱月に指摘されたせいか一気に疲れを自覚してしまった。この状態では考えもろくにまとまらないだろう。
「(……明日、ハルマやナツミにも話をするか)」
その上で、今後自分たちがどうしたいのかを決めればいい。
そう結論を出し、アキトは自身のベッドに横たわったのだった。




