12章-朱月とコヨミ-
――世界を守護する“封魔の月鏡”を消失するのを承知の上でコヨミ・ミツルギを助け出す。
朱月の目的であり、アキトたちへの提案でもあるそれについて。
アキトたちはひとまず答えを“保留”とした。
自分たちの出自についてあまりにも多くの情報を与えられてしまって冷静に考えられる状況ではなかったというのもそうだが、何より簡単に結論を出していいような内容でもない。
「(いや、そもそも俺たちが結論を出していいことじゃないだろう)」
私室でシャワーを浴び終えひと息ついたアキトは考える。
単純に母を取り戻したいというだけであれば個人的な問題だが、今回の場合はそれだけに留まらず世界に大きな影響を与えてしまう。
そんな重大なことをここにいるアキトたちだけで判断していいわけがない。
だが、だとすれば誰が判断するべきことなのだろうか?
順当に行くならば人類軍ということになるのだろう。現在の社会において世界を守るという役目は人類軍にある。
そうして人類軍に判断を委ねたならば
「……どう考えても、母さんを助けてはくれないだろうな」
人類軍に限らず、人々に判断を委ねたのだとしたらきっとそうなる。
たったひとりのために世界全体を危険に晒すリスクを冒すことはあり得ないだろう。
少数の命と多数の命を天秤にかければ後者に傾くのは当たり前のことだ。
それでも、当たり前だとわかっているとしても、その答えを――世界のために母を見捨てなければならないという言葉を、果たしてアキトは受け入れられるだろうか。
「頭でわかってたとしても、受け入れるのはきっと無理だ」
母親。しかも一度は失ってしまったと思っていた大切な人。
そんな人を取り戻せるかもしれないという奇跡をそう簡単に諦めることなどできはしない。
「――だったらさっさと結論出しちまえばいいじゃねぇか」
誰もいないはずの部屋でかけられた声。
それに少し驚いてからアキトは鋭い眼差しで部屋の一角を睨む。
「人様の部屋に無断で立ち入るのは感心しないぞ、朱月」
「よく言うぜ。シオ坊に同じことされてもそこまで目くじら立てないくせによ」
「シオンとお前は違う」
「へいへい。すっかりシオ坊には甘くなりやがって」
アキトの怒りなど気にすることなく、朱月はアキトと対面するようにソファに腰を下ろした。
「で、話を戻すんだが、どうせ世間様は助けちゃくれねぇんだから自分たちでやるしかねぇとは思わねぇか?」
「お前と違って俺はそこまで自分勝手に行動できないんでな」
「俺様と違って、なぁ?」
まだ見慣れない少年の見た目の朱月が、少年らしからぬ悪意ある笑みを浮かべてこちらを見る。
「俺様と違うってんなら、シオ坊とも違うんだろうなぁ」
「…………」
確かにシオンであれば、こんな時迷うことなくコヨミを助ける道を選ぶのだろう。
「例えばシオ坊に提案されたら、お前はどうしてたんだろうな?」
「そう思うなら今すぐシオンにその体を返してみればどうだ?」
「おっと、思ったより鋭い切り返ししてくるじゃねぇか」
「怖い怖い」なんて本心にもなさそうなことを口にしながら朱月は息を吐いた。
それから少しの間、ふたりに沈黙が訪れる。
「……朱月」
「ん?」
「お前は、母さんのことをどう思ってるんだ」
朱月はコヨミを、アキトたちの母を助け出そうとしている。
そのためであれば世界が混乱しようが構わないと簡単に言ってのける。
そんな朱月は果たしてコヨミのことをどんな風に思っていたのだろう。
「……コヨミはまあ、なかなか変わったやつだった」
アキトの問いに一瞬目を丸くしてから、懐かしむように朱月は語り始める。
「ちっせぇガキの頃から俺様を怖がるでもなく近寄ってくるわ、遊んで遊んでとせがんできやがってな。しかも嫌だと言っても聞きやしねぇ、とんだお転婆だった」
内容とは裏腹に朱月の表情は穏やかだ。
そこまで朱月と多く言葉を交わしてきたわけではないが、こんな朱月を見るのは初めてのことかもしれない。
「強い力を持ってたのもあるんだろうが、人外相手でもかけらも警戒せずに自分から寄ってくような危なっかしいやつだった。そんなんだからか柄にもなく放っておけなくてこっちから構っちまったことも一度や二度じゃねぇ」
「それは、少し意外だ」
「まあな。俺様自身が何より意外で仕方がねぇ。……その上アイツ、お前さんがもうすぐ生まれるって頃に俺様になんて言ったと思う?」
「なんて言ったんだ?」
「俺様は自分にとって兄貴みたいなもんだから、生まれてくるガキを可愛がってやってくれってよ」
異なる種族の朱月を兄のようだと言った。
それだけコヨミは朱月のことを信頼していたのだろう。
「ま、そう言われてそこまで悪い気がしなかった時点で俺様もとっくに絆されてたんだろうよ」
「だから母さんを助け出したいのか?」
「妹分を助けたいなんておかしなことでもないだろ。……十年前はついぞコヨミのやつが折れなかったから諦めたが、せっかく諸々都合がいいんだ。今回は好きにさせてもらう」
ここまでの朱月の言葉は、かつてなく素直なものに思えた。
不思議とウソがあったとは思えないのは、きっと朱月の声色や表情にわずかに優しさが感じられるからなのだろう。




