12章-朱月という鬼①-
「ざっと昔のことやら前振りやらはこんなもんにして、これからの話を始めてぇんだが……」
「ひとつ、先に聞きたい」
「あ? なんだ?」
「……父さんはこのことを知っていたのか?」
ハルマの言葉にナツミはハッとする。
ここまで母の一族のことやナツミたちの手にした≪月の神子≫に関する話を聞かされてきたが、その中に父であるイッセイ・ミツルギの名前は出てきていない。
その父は、果たして≪月の神子≫にまつわる話を把握していたのだろうか。
「ああ、そこは心配しなくていい。ちゃんと知った上で結婚してっからな」
「知ってたなら知ってたでよく受け入れたわねアキトたちのお父さん」
確かにアンナの言う通り、何も知らない一般人がいきなり人外だの≪月の神子≫だの言われて普通受け入れられるかと言えばそんなことはないのではなかろうか。
そんな疑問を浮かべるナツミたちを前に、玉藻前がこてりと可愛らしく首を傾げた。
「受け入れるも何も、御剣家もこちら側の一族ですからね。最初から全て承知の上だったはずですよ」
「「「…………は?」」」
「御剣家自体が古くは魔物や悪さをする人外の退治を生業とする家系だったんですよ。まあ、ずいぶんと昔に力が弱まって廃業してしまったんですけれど。最低限の自衛手段や知識はそれでも受け継がれていたはずです」
「……つまり、俺たちは完全に人外社会側で生まれた人間ということなんですか?」
「まあ、そういうことになっちまうな。コヨミの意向で遠ざけられてなけりゃミツルギとして何かしら術を習うことになってたんじゃねぇか?」
「(もう、何がなんだか……)」
自分たちの出生について、≪月の神子≫の話だけでもお腹いっぱいというくらいの情報量だったというのに、さらに父方の血もまたただの人間ではなかったとなればもうパンクしそうだ。
「そう考えると、本当に朱月はこの子たちと縁があるわよね」
「縁?」
「あーまあそうだな」
玉藻前はなんでもないことのように話しているが、朱月はやや複雑そうな顔をしている。
ただ、この状況で朱月の“縁”について話をされないというのは気持ちが悪い。
そんな空気を察したのか、朱月は頭の後ろを掻きながら不服そうに口を開いた。
「まず、俺様を退治して〈月薙〉――当時はまだ名前もなかった霊刀に封じ込めたのは、まだ廃業する前の御剣家だ」
「ん? だがお前は≪月の神子≫に仕えているんじゃないのか?」
「≪月の神子≫つーか仕えてる相手はコヨミ個人だ。まあそれは置いとけ。んでまあとにかく御剣家に封じられちまった俺様だが、まあそれなりに強い鬼だし、御剣も封印が特別得意な一族でもなかったんでな。俺様にある程度力が戻れば封印が破れちまいそうだった。それに困った御剣家の連中が親交のあった月守家に〈月薙〉ごと俺様を預けたってわけだ」
御剣家はあくまで退治を生業とする家系で封印などはそこまで得意としない。
一方で世界を守る活動の傍らで魔術の研究をしている月守家はそちらの方面にも秀でていた。
その関係で御剣家では手に負えない朱月を月守家に預けることになったということらしい。
「で、あらためて〈月薙〉の名がついた霊刀に月守印の強力な封印術で再封印されるわ、せっかくだからってそのまま月守の用心棒みたいなことさせられるわでうん百年過ごした。でもってなんだかんだ悪くねぇなと思ったコヨミに正式に仕えることにして、今に至るってわけだな」
「どうして、お母さんには仕えてもいいと思ったの?」
「…………」
ナツミが純粋な疑問をぶつければ朱月はふいとそっぽを向いた。
「そこはあれですよ。コヨミがあまりにもいい子だったもので、すっかり絆されてしまったんです、この鬼は」
「うるせぇ! テメェだってアイツにゃ死ぬほど甘かっただろうが!」
「ええ、とっても可愛い子でしたから!」
玉藻前と朱月を見ていて、とりあえず母がずいぶんと言い争うふたりに好かれていたのだということは理解した。
「とまあ、そんな具合だ。話を戻すがイッセイのやつも≪月の神子≫うんぬんの事情は全部わかってやがるし、コヨミの考えにも賛成してお前さんたちに御剣家としての情報も何も与えなかった。ハルマの坊主の疑問とやらはこれでいいか?」
「あ、ああ。……逆にいろいろ聞きたいことが増えたけどな」
「そりゃそうだろうが、さすがに話が進まねぇ。細かい話はあとでにしてくれや」
「アキトの坊主とナツミの嬢ちゃんもいいな?」と尋ねてくるのに頷く。
実際、母方だけではなく父方の家とも縁が深いとなれば聞いてみたい話はそれこそ無限にあるが、そういう話は個人的に聞けばいいだろう。
「んじゃまあ、そろそろこれからの話――俺様の目的について話をしようじゃねぇか」
ニヤリを笑みを浮かべた朱月はぐるりとその場にいる面々を見渡す。そして、
「ひとまず結論からだ。俺様の一番の目的は今まさに“封魔の月鏡”のために人柱になってるコヨミを生還させることだ」




