2章-シオンとアキト②-
アキトが人払いの術を通過できたことや、展望室にやってきた経緯はわかった。
そうなるとシオンとしてはもうアキトに用事はないので展望室に残る理由もないのだが、立ち去ろうとしたところをアキトに引き止められた。
「お前とは一度落ち着いて話をしてみたかったんだ。……飲み物のひとつでも奢ってやるから少し付き合ってくれ」
言われてみればアキトと話すのはもっぱらブリッジや会議室ばかりで、必然的に話題も作戦などに関係するものになっていく。
別に世間話をするような間柄というわけでもないが、どうしても断る理由もないのでシオンは誘いに応じることにした。
決して飲み物を奢ると言われたからではない、決して。
元々この展望室は船員向けのリラクゼーションルームとしての役割が強いので、軽食や飲み物が買える自販機も常設されている。
そこで適当な飲み物とクッキーを確保したシオンとアキトは窓際のテーブルに向かい合うように腰かける。
「つっても、俺たちの共通の話題なんて仕事関連だけですけど?」
「まあそれはそうなんだがな。……そういえばお前、あのハチドリはどうした?」
「俺の部屋で寝てますよ」
ひとまず目的を果たすことができたハチドリは通信を終えたあと力が抜けたのか鳥かごの中ですぐに眠ってしまった。
メキシコの自然の中で暮らしていた小さな鳥がマイアミまで旅してきたのだ。精神的にも肉体的にも相当疲れていたのだろう。
「大丈夫なのか? 彼が逃げるようなことがあればお前の責任を問う声があがるぞ?」
「マジで寝てましたし、鳥かごに色々仕込んでおいたので万が一逃げようとしたって無理ですよ」
鳥かごには魔法で手榴弾の爆発でも壊れない強度と、中にいるものが逃亡しようとすると起動する罠を複数仕込んである。
少なくともあのハチドリの力ではそれらを突破するのは無理だ。
「それに、多分逃げようとなんてしませんよ、アレ」
「その根拠は?」
「ちゃんと脅しておきましたもん。艦長だって見てたでしょ?」
少々生意気が過ぎたところに少しだけ本気を見せつけて威嚇した。
それ以降、少なくともシオンの言うことには大人しく従ってくれたので、十分な効果があったのだろう。
「…………」
「艦長? まだ心配ですか?」
そんなシオンの説明を聞いたアキトはこちらを見つめて黙り込む。
説明に納得していない、というのとは少し違う印象を受けつつ念のため確認してみるが、すぐに返事をしてはこない。
「……いや、大丈夫だ。どちらにしろ対処をするのが俺たちである以上、こちらに敵対しようとはしないだろう」
少し間を開けて答えたアキトの態度に引っかかりを覚えるが、シオンはそんなことよりもっと重要なことを思い出した。
「そうだ、艦長! この際だからちょっと言っておきたいことがあるんですけど!」
「なんだいきなり……」
「南方の異変の対処! なんであそこで引き受けちゃったんですか!?」
ミランダの提示した条件に応じたアキトは彼女らとの通信の後、すぐに人類軍本部にも連絡して南米での調査活動の許可をもらってしまった。
仕事が早いのは素晴らしいことだが、そもそもミランダの話に乗ったことについてシオンは物申したい。
「何を今更……お前だってあの場で反対しなかっただろ」
「ミセスの前で反対なんてできませんよ……それにどうせ反対したところで「わたしは人類軍の人とお話してるの」とか言われて終わりでしたよ」
「……お前が逆らえないほどの女性なのか?」
「逆らえないほどの女性なんですよ」
今日連絡を取った三人の中でも、ミランダは別格だ。
「そういえばドラン殿がミセスのことを≪始まりの魔女≫と言っていたんだが、それと何か関係があるのか?」
「あー、まあありますね」
≪始まりの魔女≫というのはミランダの通り名のようなもので、人外界隈ではかなりの知名度を誇る。
その名が広まっていることがそのままイコールで、ミランダの力の強さを示していると言っていい。
「≪始まりの魔女≫。現代に生きる全ての"魔女"の始祖にして、こちらの世界に生きる人外の中でトップ10に入る有力者」
シオンの大雑把な説明だけでもミランダがどれほどの存在なのかを理解できたのか、アキトの表情が険しくなる。
「……俺の想像以上の人物だったということは理解した。決して敵に回してはいけないということもな」
「ひとまずそれだけわかってれば十分です。……ホント、艦長がミセスに強めに意見言ったときは寿命が縮むかと……」
紛れもない本音かつ真剣な話なのだが、シオンの発言を聞いたアキトは何故か小さく笑った。
何を笑っているのかと不満を込めてアキトを睨みつけるが、それでもアキトは笑ったままだ。
「いいことを教えてやろう」
「なんです?」
「今お前が言ったことは、そのまま上層部との話し合いのときの俺の心境と同じだ」
「……おっと」
それを聞いてから改めて笑うアキトを見て、笑ってはいるが決してただ愉快に思っているわけではないのだと察した。
「……その節は、ご心配をおかけしました」
「わかればいい。この件はお互い様ということでいいな?」
「うっす」
先にやらかした手前シオンがアキトに対してとやかく言う権利はない。
ここでお互い様と言ってくれるあたり、やはりアキトは相当に優しい男である。
「にしても、お前はいったい何がそんなに不満なんだ?」
「ん? どれの話ですか?」
「南米の異変への対処についてだ」
コーヒーを少し口にしてからアキトが不思議そうにシオンに向き合う。
「ミセスが恐ろしいというのならあの流れになった時点で人類軍が引き受けるのを回避するのは不可能だっただろうし、どちらにせよ放置していればいつか人類軍が動く羽目にはなる」
確かにアキトの言うことに間違いはない。
「南米の問題は人類軍が対処する」というのは少なくともミランダの中では決定事項で、あの場にそれを覆せる人間はいなかった。
放置した場合最終的に人類軍がどうにかする必要が出るというのもその通りだろう。
シオンも人類軍が対処することに関して不満はない。
「俺が不満なのは、それを〈ミストルテイン〉がやらなきゃなんないことですよ……」
人類軍が対処するだけなら、こちらが橋渡しをした上で他の部隊が対処するのだってよかったのだ。
それをアキトは、ミランダに対して〈ミストルテイン〉が対処すると宣言してしまった上に、本部からもOKを貰ってしまった。
「わかってますよ? 今回の件に一番適任なのは〈ミストルテイン〉だってことは。……でも、具体的に南米で何が起こってるのか何もわかってないじゃないですか」
「だったら尚更だろう。何が起きていようと対処できるのはそれこそお前という情報源を持つ俺たちしかいない」
「俺に対処できる範囲だとは限らないじゃないですか」
「だとすれば他の部隊では確実に対処できない。……そうなればどれほどの被害が出るか」
――そんなの、放っておけばいい。
口から飛び出しかけた言葉をシオンは自らの内に押し込めた。
アキトの言う通り、シオンですら対処できないほどの事態だった場合他の部隊ではまず対応できない。
単に戦闘能力が高いアンノウンがいるだけであれば被害は出しつつも倒せる余地はあるだろう。
しかしそれ以外の、例えば幻を見せたり何かしらの呪いなどを扱うアンノウンだったとしたら、最悪何もできないまま部隊が全滅する可能性も十分にある。
しかし、シオンにとってそんなことはどうでもいいのだ。
シオンにとってなんの関係もない人間がどれだけアンノウンによって殺されたとしても、気の毒に思うだけ。それ以上の感情はない。
シオンが気にかけるのはあくまでアンナ、ハルマやナツミたち、十三技班の面々のような自分の身内と定めた人々だけだ。
そして〈ミストルテイン〉が戦うということは、彼らが危険に晒されるということと同じになる。
「……お前は、十三技班やアンナを危険に晒したくないのか?」
言葉に迷うシオンの考えをアキトは言い当てた。
さすがにそのために他の人間がいくら死のうと構わないと考えていることまでは理解していないだろうが、それでも鋭い男だと思う。
シオンはその問いに何も答えなかったが、アキトはその無言を肯定の意味で受け取ったらしい。
「お前は、難しい男だな」
「難しいって……」
「何も考えてなさそうな振る舞いをするくせに実際はこちらが驚くほどよく考えているし、薄情なのかと思えば身内には甘い。……それに、飄々としていて隙がないかと思えば無防備にうたた寝していたりもする」
「難しい」などという表現を使っておきながらもアキトの表情はどこか優しい。
きっとアキトの立場でそんな表情をシオンに向けるべきではないはずなのに、困った子供を見守るかのようにシオンを見る。
「……それ、"難しい"じゃなくて"めんどくさい"の間違いじゃないですか?」
「かもな」
優しい眼差しが居心地が悪くて可愛げのないことを言うシオンにアキトは小さく笑う。
「仕方がないな」とでも言われているかのようで、シオンは少し不満だった。




