11章-結末②-
「……え?」
あまりに突然の事態に誰もが言葉を失う中、シオンの魔法陣が消えていく。
そうして周囲を照らす光が失われたことで、ナツミはシオンの背後に小さな人影があることに気づけた。
「朱、月……!」
「ああそうとも、朱月様だ」
小さな子供の姿の朱月が〈月薙〉で背後からシオンを貫いた。それをここに来てようやく理解する。
「なんでお前が……!?」
「その辺はあとでわかる」
〈月薙〉に貫かれたままのシオンが崩れるように膝を折ってその場に座り込む。
その背後の朱月は静かにシオンの横に立った。
「安心しろ。別にシオ坊を殺す気はねぇし、三兄妹も悪いようにはしねぇ……だから少し眠ってろ」
優しく言い聞かせるように告げて朱月はシオンの肩に触れる。
その瞬間、シオンと朱月が炎に包まれた。
一瞬にして燃え上がった炎はシオンと朱月の姿を覆い隠す。かと思えば次の瞬間には一気に小さくなってかき消えてしまった。
そうして炎が消えたあと、そこにシオンも小さな姿の朱月もいない。
ただ、シオンくらいの背丈の白髪の鬼がそこに座り込んでいる。
「朱月、だよね……?」
「ああそうとも」
気配を頼りに尋ねれば見慣れない鬼の少年は当たり前のように答えた。
「……今いったい何が? ……シオンは?」
「シオ坊は眠ってる、ここでな」
ここと言いながら朱月は自身の胸のあたりを叩いた。
「今俺様は、シオ坊の体を借り受けてる。この体はシオ坊のもんで、意識は俺様。……シオ坊の意識には魂の底で眠ってもらってるってわけだ」
「……奪ったの間違いじゃないのか?」
アキトの指摘に朱月は「そうとも言うな」とあっさり認める。
「でもまあ、そうでもしなけりゃシオ坊は止まらなかっただろうよ。みんな仲良く記憶を消されずに済んだんだから感謝してほしいくらいだぜ。……だからギルとシルバの坊主はひとまず殺気を引っ込めてくれや」
「「…………」」
そう言われて簡単に引き下がるギルやシルバではないが、アキトからも「抑えてくれ」と指示されて渋々一歩下がってその気がないとアピールする。
「今後のためにもはっきりさせとくが、別にシオ坊をどうこうする気はねぇ。今は事情があって体をぶんどって意識も封じ込めちゃいるが、最終的には普通に返してやるさ」
「事情が片付けば大人しく返すってことか?」
「ああそうとも」
アキトの確認に朱月は迷うことなく即答した。
それが本当なのかを判断する材料はないが、印象だけならウソをついている雰囲気はない。
ひとまずそれが本当だとして、気になるのは彼の話す“事情”だ。
「お前の言う事情というのはなんだ? シオンの体を使って何をするつもりだ?」
「事情については長い話になるんで後回しにするが……シオ坊の体を奪ったのは別に使い道があるわけじゃねぇ。ついでだついで」
「ついでだと?」
「俺様のやりたいこととシオ坊の考え方はそりゃもう見事に対極……両立なんて不可能なくらい真逆だ。シオ坊が健在のままじゃどう考えたって大喧嘩――最悪殺し合いになっちまう」
「だから体を奪ってシオンが身動きできない状況にしたってことか」
「実際記憶の書き換えなんて無茶苦茶も止められたし、俺様はツイてるらしい」
「……記憶が書き換えられると朱月は困るの?」
朱月とアキトの会話の中で引っかかったことが思わず口から出てしまっていた。
しかし朱月の先程の口ぶりだと、そういう風にも捉えられる。
そんなナツミの疑問に朱月は素直に頷いた。
「ああ、あれはよくねぇ。そもそも記憶を消したところで力がなくなるわけでも封じられるわけでもねぇからな。あとあとややこしいことになるだけだろうに、シオ坊も混乱してやがったのかそこまで頭が回ってなかったらしい」
「……そんなにあの光は危ないものなの?」
朱月の言葉通りなら、シオンは焦って思考が鈍るくらい必死にナツミたちをあの光から遠ざけようとしたことになる。
理由はどうあれ魔物になってもナツミたちを傷つけることを避けたシオンがそうしようとしたということは、あの光がナツミたちに害を及ぼすということなのではないだろうか?
だが朱月は首を横に振ってそれを否定した。
「あれはあくまで浄化の光、間違いなく善の部類の力だ。お前さんたちの魔力である以上無茶な使い方でもしなけりゃ体に害もねぇよ」
「じゃあなんでシオンはあんなにダメとかよくないとかって言ってたの?」
「焦るな焦るな。相当長話になるが、そこらの事情はちゃんと話してやる」
「……つまり、長話ができるくらいあの光のことを知ってるんだな?」
アキトが問えば朱月は「もちろん」と頷いた。
「どっかの会議室でも使ってじっくり話してぇところだが……ひとまず、改めて自己紹介でもしておくか」
何故ここで自己紹介などという言葉が出てくるのかと誰かが疑問を向けるより先に、朱月はナツミに――厳密にはアキトやハルマも含めた三兄妹の前に跪いた。
「我が名は朱月。かつて日の本で名を馳せし大鬼にして、この世を守護せし≪月の神子≫――御剣暦に仕えしものなり」
古めかしく仰々しい普段の彼らしからぬ名乗りの中、当然のように朱月の口から出た母の名に、ナツミはただただ言葉を失った。




