11章-結末①-
〈ミストルテイン〉の格納庫に戻った〈サーティーン魔導式〉がハンガーに固定されるかされないかのタイミングでナツミはコクピットから飛び出した。
平常時ならちゃんと固定できているかなどの安全確認が必要で勝手に飛び出そうものなら十三技班の誰かから怒号が飛ぶところなのだが、今回に限っては誰もナツミを咎めはしない。
すぐにギルも同じように飛び出してきて、ふたりで〈パラケルスス〉のもとへと走る。
その道中、他の機動鎧から飛び降りてきたハルマたちも合流し、最終的に〈パラケルスス〉の足元に到着したときにはアキトを除くパイロット全員が揃っていた。
「シオン!」
叫びながら駆けつけたナツミの前で、アキトに抱きかかえられた状態でシオンが眠っている。
胸が上下している様子やかすかに聞こえる寝息を自ら確認したことで改めてナツミは安堵した。
「大丈夫なんだよね?」
「ええ。私も調べてみましたが、疲弊している以外は驚くほど異常がないです」
駆けつけていたガブリエラがナツミの問いに答えてくれた。
「魔物に堕ちていたとは思えないほど穢れの気配が弱まっています。むしろ堕ちる前より小さいくらいです」
「それだけあの浄化の光とやらが効いたってことか。……レイル君が言うなら大丈夫だろうが、一応医務室へ運ぼう」
シオンを抱きかかえたままアキトが医務室へ向かおうとしたとき、ナツミはシオンがわずかに身じろぎしたことに気づいた。
「兄さん! シオン起きたかも!」
ナツミの勘違いではなくさらに身じろぎしたシオンにその場の全員の視線が集まる。
そんな中、ゆっくりとシオンは瞼を開いた。その先にある瞳の色は禍々しい赤ではなく、見慣れた黒だ。
「シオン! 大丈夫か? 俺たちがわかるか……?」
「……アキト、さん……?」
弱々しくはあるがシオンははっきりとアキトの名前を口にした。
まだぼんやりとしているようではあるが、ちゃんとアキトのことを認識しているようだ。
「シオン!」
ナツミが呼べば漆黒の瞳がゆっくりとこちらを見て――一瞬の間のあと大きく見開かれた。
その反応の意味をナツミが考える間もなく、アキトの腕の中でいきなり大きく動いたシオンが半ば落ちるようにアキトの腕から離れる。
「おまっ、急になんだ!?」
「……!」
アキトの問いも無視して、まだおぼつかない足取りのシオンがナツミに向かって歩み寄ってくる。
「シオン、どうしたの? フラフラなのに無茶したら……」
「今はそんなのどうでもいい」
ナツミに対する返答は先程までと違ってしっかりとしていた。その事実に少し安心する。
「よかった……結構元気そうだね」
「…………くない」
「え?」
安堵したナツミの両肩をシオンの手が掴む。
わずかに痛みがあるくらいの力加減で掴まれてナツミが驚く中、至近距離でシオンがこちらを見た。
「何もよくない!!」
おぼつかなかった足取りからは想像できない声量でシオンが叫んだ。
その叫びの内容とシオンの様子にナツミは理解が追いつかない。
ナツミたちがシオンを助けるために無茶をしたことについて、シオンに喜んでもらえるとは思っていなかったし感謝してもらえるとも思っていなかった。
ならどんな反応を予想していたかと聞かれれば、「無茶をするな」と叱られるというパターンだ。
今の叫びだって怒りから来るものだと思えば予想の範疇と言えたかもしれないが、ナツミのすぐ目の前のシオンの様子――こちらを見る彼の瞳を見ればそれが違うのだとすぐにわかる。
シオンの瞳にある感情は悲しみ、もしくは絶望だ。
今にも泣き出しそうな顔で縋るようにナツミの両肩を掴んでいる姿は、ナツミが全く予想していなかったものだ。
「シ、オン……?」
「何も、何もよくない。こうなるのだけは絶対に避けなきゃいかなかった……!」
「そんな……」
「ちょっと待てよ」
シオンとナツミの会話にハルマが割り込む。その表情も声も怒りを隠してはいない。
「確かに俺たちは無茶をしたし、お前が喜ばないことだってわかってた。……でもそんな言い方はあんまりだろ」
「そうだぞシオン。別に感謝しろとかそういうのじゃねぇけど、そこまで言わなくてもいいじゃんか」
ハルマの言葉にギルも同意を示す。
「……違うんだよ。これはそういう問題じゃない」
「何が違うんだよ!?」
ハルマが声を荒げるのに対してシオンは言い返すでもなく顔をうつむかせた。
「俺を助けてくれたことは、嬉しいし感謝だってしてる。そのためにみんなが頑張ってくれたことは何も悪いことでもないし、間違ってるわけじゃない」
「だったらどうしてよくないだのなんだの言ってるんだよ!?」
「でも、よくないんだよ! 嬉しくても、悪くなくても、間違ってなくても、それでもこの結果はダメなんだ!」
叫ぶように言い放ったシオンの両手がナツミの肩を掴む力を強める。
それから顔を上げたシオンの表情は、つい先程以上に悲しみと絶望に染まっていた。
「あの光を目覚めさせちゃいけなかった! それだけは絶対にあっちゃならなかったんだ!」
“あの光”とシオンが呼ぶのは、ナツミたちの体から溢れた浄化の光に他ならない。
そしてシオンは、あの光は絶対に目覚めさせてはいけなかったのだと言う。
「それってどういうこと……? あれがなんなのかシオンは知ってるの……?」
「…………」
ナツミの問いかけにシオンは答えない。
ナツミの肩から静かに手を離し、数歩下がって静かに息を吐いた。
「……大丈夫、まだやりようはある。だから、全部忘れよう」
「忘れる……?」
「浄化の光なんてなかった。みんなは〈光翼の宝珠〉や〈アメノムラクモ〉の力で俺を救った。そうすれば当面はなんとかなる」
「何を、言ってるの?」
ナツミの戸惑いに対してシオンは力なくヘラリと笑う。
「あんな光、ナツミにもアキトさんにもハルマにも必要ない。知らなくていい。それが一番、幸せだから。だから忘れていいんだ」
シオンの体から魔力が溢れ出し、周囲に魔法陣が無数に展開された。
「シオン、お前は、俺たちの記憶を書き換えるつもりなのか!?」
アキトの問いにシオンは何も答えない。それがアキトの予想が当たっているという何よりの証拠だ。
「なんで!? なんで何も教えてくれないの!? あたしたち自身のことなのになんで隠そうとするの!?」
あの光はナツミたちから出てきたものだ。
そして漠然とだがあれが紛れもなく自分の力なのだと理解できている。
なのにどうしてシオンはこんなことをしようとするのか、ナツミにはわからない。
必死に訴えてもシオンは止まらない。困ったように、申し訳無さそうに微笑むだけで何も答えてはくれない。
そうしてシオンの周囲の魔法陣が輝きを強め――、
「――悪いな。それは邪魔させてもらうぜ」
唐突に、魔法陣の中心に立つシオンの胸から刀の切っ先が突き出した。




