11章-とある少女の覚悟-
――この場にいる人間ではどうしようもない。
――現状逃げるしかないが、シオンの無事は保証できない。
そう告げた朱月に対してアキトやハルマたちが何か手はないのかと怒鳴るように問うのを聞きながら、〈サーティーン魔導式〉の中でナツミは言葉が出なかった。
シオンのこと必ず助けたいと胸に誓ってここまで来て、戦いの最中もシオンから受け取った黄色の魔力結晶を握りしめて必死に彼に対して念話で呼びかけ続けて――その先にあったのは、目の前のどうしようもない現実だ。
朱月はナツミやアキトでは知り得ないことを多く知っている。
そんな彼がここまで焦りながら「どうしようもない」「逃げろ」と告げるということは、それはきっと正しいのだ。
ナツミたちの手でシオンを救える可能性は潰えた。
ここにいたところで何もできることなどなく、命を無駄に失う危険があるだけ。
目の前の天魔竜神がそうしたように、朱月の予想を超える何かでもなければそれは覆らない。
決して聞き分けのいいわけではないナツミでも、目の前でだんだんと禍々しい気配を強めていく天魔竜神を目の当たりにする中でそれを直感してしまった。
「(シオン……!)」
心の中で名前を呼んでも、応じてくれる声はない。
いつか豪華客船の時のように助けに駆けつけてくれる人はいない。
彼は今、天魔竜神という魔物の中で深く深く眠ってしまっている。
それが悲しくて、苦しくて、締め付けられる胸に涙が溢れ出しそうになる。
「(……いやだ)」
うつむいた顔から涙がこぼれ落ちるより早く溢れ出たのはシンプルな気持ちだった。
陽気で、少し意地悪で、それでもナツミたちには少し甘く優しい声を聞きたい。
大きな声で笑いながら屈託なく微笑む彼の笑顔を見たい。
いつでもナツミたちを想ってくれる危なっかしい彼の隣にいたい。
シオンを決して、失いたくない。
――だから、涙なんて流している暇はないのだ。
「ギル、シオンを助けよう」
「……いいのか?」
「うん。あたしに遠慮なんてしなくていいよ」
シオンの親友であるギルが無茶だと言われて諦めるような人ではないのはよくわかっている。
そんな彼が今何も行動を起こしていないのはナツミを連れていたからだ。
だが、もうそんな遠慮は必要ない。ナツミももう、覚悟を決めたのだから。
「朱月! ……悪いけどあたしは諦めないから」
『は!? 諦めるとかそういう話じゃねぇんだぞ!?』
「だとしても、シオンのこと諦めたりできない!」
ナツミは、シオンと共にいたい。
その思いがどういった感情から来るものなのかも、ようやく理解した。
「あたしは、あたしの全部を賭ける。全部を賭けて、シオンを助けたい」
きっとシオンはそれを望まない。喜んでくれない。
それをわかっていてもなお、ナツミは彼のために命だって賭けてみせよう。
アキトやハルマのように特別な力を持っているわけではない。
この選択は無謀でしかないのかもしれない。
だからなんだというのだろう。
力を持たないからと望みを捨てなければならない道理はない。
胸元の魔力結晶を再び強く握りしめ、ありったけの魔力と想いを集める。
何度でも何度でもシオンに届くまで、ナツミにできるほんの少しのことを全力で。
いつしか日は沈み、天魔竜神は満月を背に空に佇む。
それを真っ直ぐに睨みつけながらナツミは再びその望みを口にする。
「――あたしは、シオンを取り戻したい!」
――その刹那、胸元で握りしめた少女の手から光が溢れた。




