11章-叫び-
余裕のあるアキトたちに腹を立てたかのように天魔竜神が急速に魔力を高める。
それに呼応するように周囲の空間が大きく歪んでこれまでにない数の小型ファフニールが同時に姿を表した。
――しかし、それだけだ。
天魔竜神そのものが強力な魔術を行使することはない。
小型のファフニールではアキトたちに通用しないと理解できる程度の知性はあるはずなのだが、それでも強化した個体を呼び出すことをしない。
やはりアキトたちの見立て通り、できないのだろう。
であれば状況は何も変わらない。
迫る小型ファフニールを切り払い、あるいはかわし、〈パラケルスス〉は天魔竜神に刃を振るう。
攻撃ができない分防御に比重を置き始めたのか先程より防壁は強固になっているようだが、守りに徹しているだけならばアキトたちの優位に変わりはない。
「ハルマ! 合わせろ!」
『わかった!』
〈パラケルスス〉から離れようとする天魔竜神の後方に回り込み退路を塞ぎ、対面方向からこちらに向かってくる〈セイバー〉とタイミングを合わせる。
「『おおおっ!!』」
〈パラケルスス〉の双刃、〈セイバー〉の〈アメノムラクモ〉が再び煌めき、二方向から挟むように天魔竜神の防壁を叩く。
強固な防壁と三つの輝きがぶつかりあって火花を散らすように光が迸る。
均衡は魔力防壁の一角がひび割れたことで崩れた。
瞬間、天魔竜神の赤い瞳が大きく見開かれるのをアキトは確かに見た。
そして次の瞬間三つの刃が天魔竜神の小さな体を通り抜け、その一帯に悲鳴を響かせた。
『っ! シオン!?』
『心配すんな! シオ坊の体にゃ傷ひとつ付いちゃいねぇ!』
響き渡った悲痛な声にナツミが不安がるのに対して朱月が即座に答えた。
彼の言葉通り、天魔竜神の体は少しの傷も負っていない。
ただ痛みに耐えるように自分の体を抱きしめるように身を縮めているだけだ。
『……怪我がないってわかってても不安になるね』
『そのくらいは我慢しろ。それにあれはあくまで天魔竜神だからな』
レイスのこぼした言葉に対してシオン本人が苦しんでいるわけではないとなぐさめているのだろうが、頭でそれを理解していても目の前の光景に何も感じないでいられるほどアキトたちは薄情ではない。
ダメージのせいで余裕がないのか小型ファフニールを呼び出す気配もなく、小さな人影がひとり苦しみにもがいている様は弱々しい。
とはいえここでためらってはシオンを助け出せないのも事実だ。
「効果はある。このまま一気に決めるぞ」
これだけ苦しんでいる以上それは間違いない。
であればすぐに終わらせるのがシオンの――ひいては天魔竜神のためにもなる。
〈パラケルスス〉の両手に再び金色の刃を構え、〈セイバー〉も隣で同じように〈アメノムラクモ〉を構える。
――その時だった。
「――どう、して」
集音センサーが拾ったその声は聞き覚えのある少年のものでありながら、とても彼のものとは思えないほど弱々しかった。
「どうして、殺せない。どうして……」
うわごとのようにポツリポツリとこぼされた言葉はたどたどしく、まるで初めて言葉を口にしているかのような印象を与える。
それは紛れもなく天魔竜神から発せられていた。
『……魔物堕ちが口をきくとは思わなかったぜ』
アンノウンが人の言葉を発する。
比較的知性を残している魔物堕ちであるファフニールやヤマタノオロチでは見られなかった信じられない事象が、朱月によって肯定された。
「そんなことがあるのか……?」
『あるとは思ってなかったが、そもそもこいつは例外過ぎる』
生まれからして特殊な天魔竜神が想定外のことをしたとしても、それは最早“そういうもの”と受け入れる他ない。
『ついでに言うとこの状況はよろしくねぇ。……このままコイツの精神がしっかりしたもんになっちまうと、シオ坊の精神にも悪影響だ』
現在、シオンの精神は天魔竜神の奥底にある状態だ。
その天魔竜神の精神が成熟してしまえば、シオンの精神がそれに影響を受けるのは避けられないというのはアキトにもなんとなくわかる。
「ハルマ!」
『わかってる!』
アキトの言葉にすぐさま〈セイバー〉が動き、〈アメノムラクモ〉で天魔竜神を一閃した。
続けてアキトも〈パラケルスス〉で距離を詰めて双刃で天魔竜神を攻撃する。
その度に響く悲鳴に罪悪感を覚えずにはいられないが、それでもアキトたちは続ける。
そうして天魔竜神の魔力の気配が最初からは考えられないほど小さくなり、この状態までくればシオンを助け出すまであと少しと思ったその時だった。
「――――くない」
翼を再生する余裕もなく空に力なく浮かんだ天魔竜神が小さく何かを口にした。
何を口にしたのだろうとアキトたちが注意を向けた、次の瞬間、小さな体から黒い魔力が溢れ出した。
「しにたくないきえたくないきえたくないしにたくないないないないないない!!!」
狂ったような叫びと、どこにそんな余力を残していたのかと思うほどの黒い魔力。
これまでとは明らかに違う姿に、アキトは言いようのない不安を覚えた。




