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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
2章 南米共同戦線
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2章-シオンとアキト①-


「(……ああくそ。戻された)」


白く染まっていった視界とは打って変わった真っ黒な世界でシオンは内心悪態をついた。


最後に彼女の声が聞こえたのはおそらくはただの偶然で、もしかしたら二度とあんな機会は得られないかもしれない。

それを聞き逃してしまったうえに他の手がかりを得ることもないまま意識が体へと帰されてしまったのだから悪態のひとつもつきたくなる。


今シオンの意識があるのはシオンの肉体とあの月下の社を繋ぐ通信回線、のようなものだと思われる。

こんな場所を通ったことはこれまでないのであくまで予想だ。


知覚できるようになったのはつい最近だが、シオンの意識はこの真っ黒な流れを通ってあの場所に招かれているらしい。

いつだったか朱月が「意識がどこかへ飛んで行っていた」と言っていたことがあったが、その言葉通りだったというわけだ。


「(ここを利用して俺のほうからアクセス……は無理か)」


魔力を用いて流れを逆行しようとしてみるが戻される勢いをゆるめることすらもできない。あくまで彼女の意志でしかシオンはここを行き来できないようだ。

となればもう、大人しく体に戻るしかない。


この空間にいる間は意識だけの存在になっているからか妙に体が軽いのだが、体に戻ることで重さを取り戻す。

少しずつ重さと体が感じているであろう温度などが感じ取れるようになっていっているので、間もなくシオンの意識は完全に体に戻るのだろう。


「(……ん? なんか変な感じが)」


普段の感覚と今日の感覚にあるわずかな違い。

本当に些細な違和感で言葉にするにも少し迷うが、あえて言うなら浮遊感(・・・)がある。


正体がはっきりしないまま意識が完全に体に戻ったシオンは、そっと瞼を開く。

それから、顔を上げてすぐそばにあったこちらを見つめる金色の瞳に、ひとつ瞬きする。


「……艦長?」

「イースタル! 目が覚めたか……」


至近距離でこちらを見つめていた男、アキトが安心したように息を吐く。

その反応もかなり気になるところなのだが、それ以上にシオンはまず尋ねなければならないあることがある。


「艦長、どうして俺は艦長に抱っこされているんでしょう?」


しかもただ抱き抱えられているわけではない。

シオンの背中と膝裏にはアキトの細いながらも力強い腕が回され、頭は肩にもたれかからせるようにされている――いわゆるお姫様抱っこの状態だ。


何故自分が女性にとって憧れのシチュエーションの真っ最中にあるのかがシオンにはさっぱりわからない。


「お前がいくら声をかけても目を覚まさないので、抱えて医務室に運ぼうと……」


シオンにそんなことをされた覚えはないが、ついさっきまで意識は体を離れていたのだ。いくら呼びかけられたところで聞こえるはずがない。


しかしそんなこと普通の人間であるアキトにわかるはずもないので、何か意識不明になるような事態になったのではないかと心配するのも当然だ。


「(だとしてもお姫様抱っこ選ぶのはどうなんだろう)」


男であるシオンにそれをしている時点で、同じようになっているのが女性でもきっと同じようにしていたに違いない。

顔のいい男が軽率にそんな真似をするのはあまりよろしくないと思う。あえてそれを指摘するつもりはないが。


とりあえず問題はないと伝えれば若干不満そうにしつつもアキトはシオンを降ろしてくれた。

ご丁寧に手近なベンチの上に降ろしてくれたことにさらに無自覚タラシ疑惑を強めつつお礼を言えば、アキトはシオンの隣に腰かけた。


「本当に問題ないのか?」

「ありませんよ。ちょっと眠りが深いだけですから」

「ならいいが……」


かなり本気の顔でシオンを心配しているアキト。

少し過保護ではないかと思うのだが、色々怪しいシオンにも真摯に接するような男だ。これが彼の通常運転なのだろうと結論付ける。


「そもそも寝るならちゃんと自室で寝ろ。お前を見つけたのが俺だからよかったが、もしお前に敵意のある人間だったら……」

「だーいじょうぶですよ! 俺だってその辺の対策は……あれ?」


説教が始まりかけたところを遮るように口を開いてから、ふと今の状況のおかしさに気づく。


シオンはこういった場所に来るときにはちゃんと人払いの術を使っている。

以前ナツミが迷い込んできた一件以降、さらに気をつけているし術自体も強化した、はず。


ではどうしてアキトは当たり前のようにここにいるのか。


「えっと艦長。ここに来るまでに変なこととかありませんでした?」

「変なこと……?」


アキトに質問しつつ念のため術の状態を確認するが、術はちゃんと機能している。シオンがうっかり解除してしまったというわけではないようだ。


「……あったにはあったな」

「え、あったんですか?」


少し考えてから答えたアキトに若干驚くが、「お前が聞いてきたんだろ」と呆れたような顔をされた。


「大したことではないんだが……ここに誘ってくれたミスティが急にやりかけの仕事を思い出して帰ってしまってな」


詳しく聞くと、アキトは艦長としての事務仕事を片付けていたのだが、それがひと段落したところで一緒に作業していたミスティが気分転換に展望室に誘ってくれたそうだ。

そのままふたりでここに向かっていたのだが、道中急に仕事を思い出したミスティが帰ってしまい、せっかく近くまで来たのだからと展望室にひとりで来たところシオンを見つけた、ということらしい。


「自分の仕事を忘れるタイプではないはずなんだが……」と不思議そうにしているアキトの隣でシオンは天を仰ぎつつ内心合掌する。


「(ロマンチックな夜の展望室で好きな人と一緒に過ごしたかったんですね……)」


前々からアキトの言うことには素直に従っていたり他とは態度が違うと感じてはいたが、食堂や休憩スペースならともかく、夜の展望室に誘うなんて特別な感情なしでは多分やらないだろう。


そんな恋する女性の頑張りをシオンは意図せずぶち壊したわけである。


ただしミスティの恋愛事情など知ったことではないので気の毒には思えど特に謝罪する気はない。

むしろふたりきりのつもりが行ってみたらシオンがうたた寝していた、などという珍事にならなかっただけマシだろう。


「おい、イースタル。自分から質問してきておいて何を黙ってるんだ。というかお前何か隠してるな?」


不満そうなアキトにしれっと隠し事の存在を見抜かれたシオンはかいつまんで人払いの術のことを話す。


「つまり、俺は偶然お前の術をすり抜けたのか?」

「……まあそんな感じですね」


アキトには軽い調子で答えつつも、内心では本当に偶然(・・)なのかシオンは疑っていた。


ナツミにしろアキトにしろ平然と通過してきているが、本来はミスティのようなことになるはずなのだ。

以前ナツミに話したように宝くじを当てたようなものなわけだが、それが短期間にふたりも出るというのはさすがにおかしい。


ふたりが血縁であることを踏まえればミツルギ家に霊的な力への抵抗力のようなものがあるのかもしれない。

とはいえまだ確信を得られたわけではないのでシオンはその辺りのことは黙っておくことにした。


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