11章-名を得た3番目-
朱月とガブリエラに連れられ、アキトは格納庫の奥――新型機動鎧三機が並んでいる一角へとやってきた。
「さあ、こいつだ」
朱月が示した先には白く細身の機動鎧が一機。
アキトが十三技班から受け取っていた資料の通りであれば、これは3番機と呼ばれていた機体のはずだ。
「さて、天族の嬢ちゃん。詳しい説明はお前さんに頼んでいいか?」
「そうですね。私が適任だと思います」
軽く咳払いしてからガブリエラが改めて目の前の機動鎧を指し示す・
「この機体は新型機動鎧開発計画試作3番機――〈パラケルスス〉です」
ガブリエラの口から語られた機体名はアキトも初めて聞くものだった。
「パラケルスス――確か医師であり化学者であり、錬金術師であったとも言われる人物だったか」
「そうですね。あくまで人間でありながら神秘を研究した人物であり――実際に魔術も会得していたと聞いています」
人間社会においてはあくまで神秘について語るただの人間という扱いだが、人外たちの社会においてはまた別の側面を持っているということらしい。
「どうしてそんな人物の名前を?」
「最適と思ったからですよ。この機体のメインとなる“エレメントシステム”は彼の提唱した四大精霊を基にしているものですから」
「“エレメントシステム”……換装システムだとは聞いているが、具体的にどういうものなんだ?」
資料自体はきっちり提出させたものの、三機の新型機動鎧の一機一機に関してかなりの情報量の資料が提出されてしまったためアキトは全容までは確認しきれていない。
明らかにアキトや人類軍の人間が細部まで目を通せないようにするための情報量だったというのは気づいていたが、今はそれについて話しているタイミングでもないだろう。
「簡単に説明しますと、四大精霊の名を付けた四種類の換装パーツを用いることで様々な局面に対応することができるというものですが、そこに魔術的な工夫を施すことで従来のパーツ換装とは一線を画す代物になっています」
「一線を画す?」
「換装を戦場で、瞬時に行うことができるんです」
通常、機体のパーツ換装というのは作戦内容や戦況、パイロットの要望などに合わせて出撃前に行うものだ。
パーツの取り替えのためにクレーンなどの重機が必要となるのだから当然だろう。
例外ケースとして〈サーティーン〉のような作業用の機動鎧を用いて戦場で換装することもできなくはないが、それにはどれだけ急いでも数分程度の時間を要する。
戦場で瞬時に換装するなど、不可能としか思えない。
「どうやってそんな真似ができるんだ?」
「〈ワルキューレ〉は平常時異空間に格納されていて私の意思で召喚することができます。〈ワルキューレ〉の武装である剣なども同じです。その技術を応用して換装パーツを魔術的な異空間に格納してあるんです」
「……なるほど、異空間に格納してあるパーツを魔術で呼び出してそのまま機体に取り付けてしまうわけか」
そうすればクレーンや作業用機動鎧のような重機を使わずともいつでもどこでも換装は可能だ。
魔術が扱えなければならないという点は多少ハードルが高いが、それさえクリアできれば自由自在であると考えればメリットの方が大きい。
「で、朱月は俺にこの機体を使えと?」
「どうせ〈アサルト〉だって乗り慣れてるわけでもねぇだろうし、基本的な操縦方法は同じらしいしどうせどっちもほぼ初見だってんならより質の良い機体を使った方がいいじゃねぇか」
「それに俺様は〈アサルト〉以外まともに動かせねぇし」と朱月は続ける。
戦力が多い残したことを考えれば、〈アサルト〉にアキトと朱月が乗るよりは、朱月ひとりに任せてアキトが別の機体に乗った方がいいというのは正論ではある。
「レイル君。〈パラケルスス〉は実戦で使えるのか?」
「テストはシオンとギルにやってもらっているので問題はないはずです。……初めての戦場が堕ちたシオン相手というのはさすがに無茶にも思えますが」
朱月はともかく、ガブリエラはどちらかと言えば反対らしい。
「そもそもかなり特殊な機体です。操縦技術と魔術の腕前の両方が求められるハイレベルな機体ですし……」
「そこはアキトの坊主なら問題ねぇさ。……ああそういや、嬢ちゃんはアキトの坊主が〈アサルト〉で大暴れした時にはまだいなかったんだっけか」
オボロの一件以降に〈ミストルテイン〉に乗ったガブリエラは艦長としてのアキトしか知らない。
魔術の腕前はまだしも機動鎧のパイロットとしての実力を目にする機会がなかったのだから不安に思ってもおかしくはない。
「まあ心配すんな。アキトの坊主はシオ坊がこの機体に乗せたがってたくらいの男だからな」
「「は?」」
「パイロット候補がいねぇって話をしてる中、シオ坊はアキトの坊主を乗せられりゃ楽なのにってずっと思ってやがったんだよ。まあ、艦長って立場上厳しいだろうから口には出してなかったがな」
アキトはもちろんガブリエラも初耳だったようだが、シオンがそう思っていたのなら、とアキトが〈パラケルスス〉に乗ることへの彼女の不安はなくなったらしい。
「そうと決まれば、詳しい機体の説明をします。シオンを助け出すのは早いに越したことはないですし、すぐに始めても?」
「ああ、そうしてもらえると助かる」
シンプルに長い時間シオンが魔物堕ちの状態でいるとそれだけ状況が悪くなってしまうし、特別遊撃部隊としてある程度の自由が認められている〈ミストルテイン〉であっても、人類軍から何かしら命令が下されてしまえばそちらを優先しなければならなくなる。
上層部が対応に迷って何も具体的な命令をしてきていない今のうちに、さっさと救出作戦を行動に移さなければならない。
「(必ず、助け出す)」
そっと決意を新たにしつつ、アキトはガブリエラと共に〈パラケルスス〉のコクピットへと向かう。




