11章-救い出すということ③-
十三技班からの参加表明爆撃はしばらく続き、さらには彼らから話が広まったのか〈ミストルテイン〉の各部署からも同様の参加表明が届けられた。
「で、結局船員全員が参加の意思ありってことか……」
個人名での参加表明は十三技班くらいなもので、他が部署ごとの表明である辺りからして多少なり同調圧力などが働いているようには思うが、それでも十分に予想外の結果だ。
「〈ミストルテイン〉の船員たちは、言ってしまえばこれまでずっとシオン・イースタルに守られてきた側ですからね」
〈ミストルテイン〉は普通の部隊では経験しないような厳しい戦いをいくつも乗り越えてきた。
シオンがいたからこそそういった戦いに巻き込まれていた側面もあるが、そうでなくとも特別遊撃部隊という立ち位置にある以上は強力なアンノウンと対峙するような機会もあっただろう。
冗談ではなく、シオンがいなければ〈ミストルテイン〉はとっくに沈んでいたとしてもおかしくはないのだ。
「これまで散々助けられておきながら彼のことを疑い続けたり、いざ今回のような彼の危機を見ないふりができるほど、みなさん薄情ではないということではないかと」
「……少し前のミスティみたいに?」
「……確かにそれはそうですけど、わざわざ言わないでください」
ミスティとアンナのやり取りはさておき、ミスティを含むブリッジの面々も全員参加表明をしてくれている今、〈ミストルテイン〉全体がシオンの救出に同意してくれている状態になる。
アキトひとりのわがままでは最早なくなっただ。
「とはいえ、〈ミストルテイン〉を今のシオンの前に出すのはやめておいた方がいいだろう」
シオンの攻撃の威力を考えれば、そもそも被弾すること自体避けるべきだ。
その場合、機動鎧はまだしも戦艦となると的として大きすぎる。
戦艦がシオンの攻撃を避けきるのがほぼ不可能であるのは目に見えているのだから、そもそも近づけないのが一番だ。
「でもいいの? 〈光翼の宝珠〉の力がいるんでしょ?」
「大丈夫だ。距離はほとんど関係ないからな」
アキトと宝珠の間の契約は魔術的なものであり、両者の間の魔力のやり取りに距離はほとんど影響しない。
〈ミストルテイン〉とその動力となっている〈光翼の宝珠〉をシオンから遠ざけていようとも、機動鎧で近づいたアキトは問題なく宝珠の力を扱うことができる。
「むしろ〈ミストルテイン〉の防御に魔力を割かずに済むならそれに越したことはないしな。……だからミスティ、作戦中の〈ミストルテイン〉のことは君に任せる」
「わかりました」
参加表明してくれた面々には悪いが〈ミストルテイン〉の船員のほとんどはシオンの攻撃が確実に届かないであろう安全圏で待機してもらうことになる。
「それと、悪いが君も待機だぞレイル君」
「……やはり、そうなりますか」
ゲンゾウがブリッジを去ってすぐには参加表明をしたガブリエラだが、万が一にも彼女を失ってしまえば朱月の言っていたように【異界】との和平が実現不可になりかねない。
それを承知の上でシオンを助けたいと言ってくれた彼女だが、いくら本人にその意思があるとはいえそこは譲れない。
ガブリエラ本人もそこを理解していないわけではないようで、アキトがこのように言い出すのも予想していたらしい
「さすがに、君を失うリスクは冒せない。下手をすればこの世界の命運がかかってるわけだからな」
「……友人ひとり救えずに世界の平和を掲げるなんて本末転倒だとは思いませんか?」
「言いたいことはわからなくもないが、ここは我慢してほしい」
「…………わかりました」
わかりやすく間を開けつつ、ガブリエラは折れてくれた。
ひとまずそのことに胸を撫で下ろす。
「ただし、〈ミストルテイン〉からできることは最大限にやらせてもらいます。多少の無茶も辞さない覚悟ですからね!」
「ああ。それはむしろありがたいくらいだ」
ガブリエラの身の安全さえ保証されているのなら、魔物などの知識を多く持つ彼女の援護は非常に心強い。
「結論として、〈ミストルテイン〉はシオンから十分に距離を確保した安全圏で待機。シオンの救出に具体的に動くのは機動鎧部隊ということになる。……ここまでで何か異論はあるか?」
「はい!」
勢いよく手を挙げたのはナツミだ。
それはアキトとしても少なからず予想できていたことではある。
「あたしも機動鎧部隊に同行したいです!」
ナツミは〈ミストルテイン〉の操舵手。〈ミストルテイン〉が後方待機となれば自然と一緒に待機することになる。
しかし誰よりも最初にアキトがシオンを助け出すことに協力すると名乗り出たのはナツミだ。
そんなナツミからすれば、後方待機など不満でしかないのは当然だろう。
「言うとは思ったが却下だ」
「そこをなんとか! 邪魔だけはしないから!」
ナツミは激しく食い下がってくるが、パイロットでもないナツミを同行させる理由はない。
さらに彼女の同行はマイナスにはなり得てもプラスになることはまずない。
下手をすればこれまでの魔物堕ちたちとの戦いよりも厳しいものになるかもしれない戦場にそんな彼女を連れて行くのは得策ではないだろう。
「いいじゃねぇか別に。俺様はありだと思うぜ」
にも関わらず、朱月がナツミの同行に賛成した。アキトにとって完全に予想外のことだ。
「朱月、どういうことだ?」
「案外連れてってみれば役に立つかもしれねぇって話だ。シオ坊をどうにかするなら神の力で穢れを祓うのはもちろん、シオ坊を正気に戻す必要もあっからな」
「確かに……そういう場合親しい人間の呼びかけは効果がありますね」
「だが、それは俺やハルマたちでもこなせる役割じゃないのか?」
ナツミもそうだが、アキトやハルマもシオンとは親しい間柄だ。加えてレイスやリーナ、シルバに加えてギルも機動鎧で出たいと言ってきていることを思えば正気に戻すための呼びかけには十分なメンバーが揃っているはず。
そんなアキトの問いに、朱月はわざとらしく肩をすくめる。
「野暮なこと言うなよアキトの坊主」
「野暮ってお前」
「ま、まああれですよ! シオンの意識に呼びかける人数が多いに越したことはありませんから!」
「そうさな。ひとり増えればそれだけ成功率が上がる。そいつは間違いねぇし何よりやる気に溢れてる嬢ちゃんの呼びかけはそりゃもうよく効くだろうよ」
シオンを助け出す方法を正しく理解できているであろう朱月とガブリエラのふたりにそのように言われてしまえば、アキトもこれ以上反対はできない。
「……わかった。許可しよう」
「ありがとう! 兄さん!」
「ナツミは〈サーティーン〉に乗ってもらいましょう。コクピットが広いですし、私の方で魔力防壁を追加で仕込んでおきますから」
暗にナツミの安全確保は入念にすると言ってくるガブリエラは、アキトの中の兄として心配する気持ちも正しく理解してくれているらしい。
「ああそういや、誰がどの機動鎧に乗るうんぬんで俺様から提案しておきたいことがあったんだ」
「各自普段の搭乗機に乗せるのが最善じゃないのか?」
「もちろん普段から乗ってる連中はそうすべきだが、アキトの坊主はちょっと勝手が違うだろ?」
確かにアキトは艦長であってパイロットではないので、当然“普段搭乗している機体”などというものはない。
「だが、それを言うなら〈アサルト〉以外の選択肢はないだろ」
現状〈ミストルテイン〉にあってパイロットが不在なのはシオンの〈アサルト〉以外にない。
よってアキトが使えるのもその一機だけのはずなのだが、朱月はゆっくりと首を横に振った。
「〈アサルト〉は俺様は使わせてもらいてぇからな。お前さんには別のに乗ってもらいたい。……ちょうど誂え向きのがあるわけだしなぁ」
朱月はそう言ってニヤリと笑みを浮かべた。




