11章-救い出すということ②-
シオンを自らの手で助け出すか否か。
シオンと決して親しいとは言い難い者も含めた百人ほどの命を、この先の世界のあり方を左右すると言っても過言ではない【異界】との和平の希望を、シオン・イースタルただひとりのために賭ける覚悟があるのか。
朱月から突きつけられたその問いの答えは――、アキト自身も少し驚くほどあっさりと出た。
「それらのリスクは冒せないし、冒さない」
「お?」
「だが、シオンは助け出す」
「…………んん?」
アキトの答えに朱月はまず少し驚き、次に意味がわからないとばかりに首を捻った。
「言ってる意味がわからねぇんだが? リスク冒さず何かできるなんて考えるほど甘い男じゃねぇだろお前さん」
「もちろん。だからそれらのリスクは冒さないって言っただろうが」
百人の命をアキトの一存で賭けるなんて暴挙はできないし、シオンを救っても【異界】との和平が上手くいかなければ結局ろくな未来は訪れない。
よってそれらを賭けることはできないが、それ以外なら話は別だ。
「朱月。俺の予想だが、シオンを助け出すのに必要なのは“神”の力――それも高い神格のものってことでいいんだな?」
「あ、ああ。そういう神を連れてくるか、〈光翼の宝珠〉や〈アメノムラクモ〉みたいな格の高い宝物の力を使いこなせりゃいい」
シオンから得た知識を頼りにアキトなりに推測していたことは正解だったようだ。
であれば、アキトがこれからやるべきことはとてもシンプルだ。
「なら、シオンの救出には俺単独で行く」
「……そう来やがったか」
一瞬呆気に取られていた朱月だが、少し遅れてどこか愉しげに笑みを浮かべた。
「ちょ、ちょっと待ってください艦長! 単独で向かうというのは……?」
「言葉通り。〈ミストルテイン〉は後方で待機。俺が〈アサルト〉を使って単身でシオンを連れ戻してくる」
「は? え?」
「そうすれば〈ミストルテイン〉や【異界】との和平を危険に晒す心配はなくなるはずだ」
アキトひとりしか行かないのだから、失敗して失われるのもアキトとアキトが使う〈アサルト〉に限られる。
シオンひとりのために多くの命や世界の未来を賭ける必要はなくなるわけだ。
「そんな無茶な……!」
「朱月、無茶か?」
「まあ無茶ではあるだろうが、そもそも全員でかかろうがハナから無茶だからなぁ」
「数が多けりゃ有利になるなんて単純な話でもねぇし、どっこいどっこいだろ」と朱月はカカカと笑った。
「アキトの坊主の考え通り最低限なきゃならねぇのは〈光翼の宝珠〉か〈アメノムラクモ〉の力――要するに、アキトの坊主かハルマの坊主のどっちかがいりゃあいい」
つまりはアキトひとりでシオンを助け出すのも不可能ではないというわけである。
「ちょっと待ってくれ兄さん! だとしてもあのシオンに単独で挑むなんて……!」
「確かに、とんでもない無茶にはなるな」
「わかってるならなんで」
「……これが、俺個人のわがままだからだ」
そう。シオンを助け出すという選択はアキトのわがままでしかない。
「本来、人類軍の軍人で〈ミストルテイン〉という部隊を預かる隊長である俺は、シオンを助け出してはいけない」
ひとりの立場ある軍人として、感情に流されずに判断を下さなくてはならない。
それが以前からできていたかと言えば自信はないが、少なくとも多くの命を守ることや、大きな戦いを避けるためという大義名分――言い訳があった。
だが、今回は違うのだ。
シオンを助け出すという選択は、多くの命のためにも、世界のためにも、人類軍の利益のためにもならない。
軍人であるアキト・ミツルギはそれを選ぶことを許されていない。
それでもシオンを助け出したいと願うのなら、それはアキト・ミツルギというひとりの人間のエゴでしかない。
朱月の意図とは違ったのかもしれないが、彼の指摘でそれに気づかされた。
だからアキトは自分ひとりで、自分の命だけを賭けてシオンを助け出すことを選ぶ。
「俺のわがままに俺以外の人間を巻き込むべきじゃない。簡単な話だろ?」
笑い混じりにそう告げたアキトにブリッジに集まった面々が呆然とする。
「……なら、あたしもわがまま言うよ」
そんな静寂をナツミの小さな声が破った。
「あたしもシオンを助けたい。そのためにできることがあればなんだってしたい」
操縦桿から離れて迷いなくアキトの前まで歩いてきたナツミは強い意思を宿した瞳でこちらを見上げた。
「だから、あたしはあたしのわがままで、シオンを助ける兄さんを手伝う。巻き込まれたわけじゃなくて自分の意思で」
――だからアキトにだって文句は言わせない。
そんな言葉が聞こえてきそうだった。
「……ふふっ、なるほど、それはわかりやすくていいわね」
一拍遅れてアンナが笑いながらそんなことを口にしたかと思えば、ツカツカと歩み寄ってきてアキトの肩を相当遠慮のない力加減で叩いた。
しっかりとしたバシンという音にアキトが若干顔を顰める中、彼女はいつものように快活に笑う。
「アタシも一枚噛ませなさい。もちろん、これはアタシのわがままってやつよ」
「お前な……」
「俺も手伝わせてもらう」
アンナの反対側から今度はハルマがはっきりと自分の意思を宣言する。その両隣でレイスとリーナも明確に頷いて見せる。
「ったく、面倒な野郎だぜ全く」
ブリッジの端で話を聞いていたであろうゲンゾウが鼻息荒くそう言いながら手元の端末を何やら操作している。
かと思えばブリッジの艦長席からメッセージの到着を知らせる音がけたたましく鳴り始めた。
「クロイワ班長。何かしましたか?」
「十三技班の連中に、シオンを助けるのに参加したけりゃ各自自己申告しろって伝えてやっただけだ」
その結果がこの大量のメッセージということらしい。
「……グレイス君から何通も届いてるんですが」
「それだけやる気ってこった。他の連中も似たり寄ったりだろうから覚悟しとけ」
そう言ってゲンゾウはブリッジを去っていった。よく見るとメッセージの中でも一番最初に届いていたのはゲンゾウからの参加表明であるあたりちゃっかりしている。
「カカカ、どうやらひとりでやるってわけにゃぁいかねぇらしいな」
「……ああ。そうらしい」
揶揄うような朱月の言葉にアキトは曖昧に微笑むばかりだった。




