11章-救い出すということ①-
「――結論から言っちまえば、シオ坊を元に戻す方法はある」
魔物と化したシオンから離れ、ひとまず安全圏と呼べるところまで後退した〈ミストルテイン〉のブリッジで朱月は断言した。
「本当!?」
「この状況でウソつくほど趣味悪かねぇよ」
即座に食いついたナツミに対して朱月の返答はやや厳しい。
「まず話しておく。俺様もあんなのは初めて見るが、シオ坊は堕ち方がどうも半端らしい」
「半端?」
「それは私もなんとなくわかります。気配は禍々しいのですが、あまり荒々しくはないというか……」
「普通の魔物堕ちってのは知性が残ってようが暴れ回るのが普通なんでな」
言われてみればシオンは明らかな異形の姿には変じていたものの、周囲にあれだけ人間がいたにもかかわらず自分から攻撃を始めはしなかった。
「確かにやり返しっぷりはいつも以上にえげつなかった気がするけど、ファフニールとかヤマタノオロチみたいな暴れっぷりではないわよね」
「通常の魔物堕ちよりは凶暴化していないということでしょうか?」
「そんなところだ。っつーのも、シオ坊の場合は堕ち方がそこらのとは違いすぎた」
「違う?」
ナツミが首を捻るのに朱月が頷く。
「普通の魔物堕ちってのは、当人が怒りなり憎しみなりに狂った末に堕ちるのが常だ。ってのも、魔物堕ちになれるような格の人外はそういう隙でもない限りはホイホイ魔物になんてならねぇからな」
「そっか、シオンはアンノウン誘導装置のせいだから……」
「あいつの場合、内側にあった魔物としての力が誘導装置にあてられて強まった結果ああなった。……妙な言い回しになるが、シオ坊の気持ちが魔物堕ちに伴ってねぇんだよ」
ファフニールにしろヤマタノオロチにしろ何らかの怒りや憎しみから魔物に堕ちたからこそ、それらの感情を剥き出しに暴れ回る悪しき存在に至った。
対するシオンは外的な要因で無理矢理魔物になってしまっているので、経緯が大きく違うわけだ。
「だからシオ坊はまだ中途半端……あの状態ならこの場にいる面子でもやりようによっては引き戻せる」
朱月の言葉にブリッジの空気がわずかに緩む。
全員がシオンの状態を目にして驚愕や絶望を覚えていたのだろう。
そこに希望があることがわかって、アキト自身も内心かなり安堵している。
「その上でまず聞いておくが……お前さんたちはシオ坊を助けたいか?」
「……は?」
唐突な朱月の問いにアキトは呆気に取られた。
「助けられると言ったのはお前だろ?」
「そうさな。だが助けられるからって絶対に助けなけりゃならねぇわけじゃねぇだろ?」
当たり前のことを言うように朱月はあっさりと答える。
「助けようと思えば助けられるが、それ自体は簡単なことじゃねぇ。まあ言うまでもないだろうがよ」
「それは……そうだろうな」
魔物となったシオンは比較的大人しいが、あくまで“比較的”だ。
今のところ手出しをしなければ仕掛けてこないが、彼を元に戻そうとするなら何かしら手を出さなければならないだろう。
そうなればシオンは容赦無くこちらへ攻撃を開始する。
「今のシオ坊は加減ってもんを知らねぇ。さっきの様子を見る限り〈光翼の宝珠〉とやらを使った魔力防壁でもバカスカくらったら終わりだろうよ。……しかもあんなもん本気でも何でもねぇしな」
シオンが放った巨大なクレーターを作り出した攻撃。
無造作に放たれていたあれらが本気ではないことは確かに間違いないだろう。
あれですら脅威だというのに本気の攻撃など繰り出されてしまえば、いくら〈光翼の宝珠〉の力を扱える〈ミストルテイン〉でも一撃で沈められたとしてもおかしくない。
「この船はざっと百人ほど乗ってるんだったか? それに今となっちゃ【異界】との和平なんかもこの船なしじゃ上手く進まねぇような状況だろ?」
――シオ坊ひとり救うのに、そういう諸々を賭ける覚悟があるのか?
シオンを救おうとすることで百人の命が失われるかもしれない。
それどころか、シオンひとりを救うためにアキトたちが死ねば、《境界戦争》を止めることもできなくなるかもしれない。
それらのリスクを冒してまでシオンひとりの命を救う覚悟があるのかと、朱月は問うているのだ。
「幸い、シオ坊の動きには色んな奴らが気を配ってたからなぁ。玉藻姫だって大事にしてるようだったし、≪始まりの魔女≫もいる。それこそシオ坊の師匠だってなんだかんだ飛んできそうな気もするしなぁ。そういう連中に任せちまった方がいいんじゃねぇか?」
朱月は冗談を言うように――しかしあくまでその目は真剣にアキトに向けられている。
「アキトの坊主。テメェはシオ坊をどうする?」




