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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
2章 南米共同戦線
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2章-月下の幼子-


白い石畳と玉砂利を神々しく照らす大きな満月。

少し強く吹いた風が社の周囲を取り囲む木々の葉を揺らしている。


「(――ああ、またここに来たのか)」


口にしたつもりだった言葉は音になることはなく、シオンは自分の意志とは関係なく満月を見上げて佇んでいた。


日中にアキトとともに≪母なる宝珠(マザー・スフィア)≫への通信をした。

その後すっかりと日が暮れて月が出た頃合いに〈ミストルテイン〉の展望室へ行ったところまでは覚えている。

いつかのようにそこでうたた寝してしまったのか、こうして夢を介してこの社に呼ばれてしまったのだろう。


以前と同じくこの体はシオンのものではなくここにシオンを呼び寄せた彼女(・・)のもの。

意識ははっきりしていても自由はなく、ただ現在なのか過去なのか、はたまた未来なのかもわからない光景を彼女の視点で見るだけ。

人工島を出てからも何度か呼ばれているにもかかわらず、それ以上の進展はまだ何もないままだ。


少しばかり後ろ向きになったシオンは気分だけため息をつく。

そんなシオン、もとい彼女の足に後ろから何かが当たった。


「おかあさん」


この静かすぎる月下の社には不釣り合いであり、彼女がシオンに見せようとしていると思われる黒髪金目の幼子。


シオンの意志とは関係なく振り返った先にあるこちらを見上げる愛らしい顔に、頬がわずかに緩む。


幼子は足元に転がっていた鞠を拾うとにっこりとこちらに笑いかけてきた。


「おかあさん、今暇? 暇だよね? じゃあ遊ぼ!」


確認しているようでいて有無を言わせる気のないまくしたてるような言葉に苦笑したのはシオンなのか彼女なのか。

それでも無邪気な子供――彼女からすれば我が子のお願いを理由もなく断ることをシオンだったらしないし、彼女もまたしないようだった。


幼子から手渡された鞠を受け取って、彼女は慣れた様子で鞠をつき始める。

決して派手ではない遊びだがそれでも幼子はとても愉しそうで、キラキラとした目で跳ねる鞠を見つめている。


しばらくして彼女が幼子に鞠を渡せば、幼子は彼女がやっていたように鞠をつこうとして――、


「あいてっ!」


鞠を地面についた勢いが強すぎたのか、勢いよく跳ね返ってきた鞠が思い切り額にヒットした。

そんな間抜けな結果に少しだけ静寂が流れた後、幼子が声を上げて笑い出す。


それを見つめるシオンの視界は少し震えていて、そこでシオンは彼女もまた笑っているのだと気がついた。


「(……そういえば、声、聞こえないんだ)」


幼子の声ははっきりと聞こえている。しかしこれまでシオンは彼女の声を聞いた覚えはほとんどなかった。

いつだったか微かに彼女のものと思しき声を聞いた気がするが、それもその一度きり。

こうして強制的に彼女の視点で色々と見せられているのに、本人の声をほとんど聞いていないというのは妙だ。


よくよく意識してみれば、彼女が喋っていないわけではない。


シオンの意思とは無関係にこの体の口は動いていて、彼女が目の前の幼子に話しかけ幼子がそれに言葉を返してくる場面もある。

にもかかわらず彼女の言葉は聞こえない。


しかも、それだけではない。

少し強い風が頬を叩く感触があり、その風が視界に映る木々を揺らしているのは確かに見えているのに、木の葉が擦れ合う音もまた全く聞こえないのだ。


意識して聞こえないようにしているのか? 

否、彼女が何らかを意図を持ってシオンをこうして呼び寄せているのなら、意図や目的が伝わりにくくなるようなことをするメリットがないし、何より木々のざわめきなんてどうでもいい音を聞こえなくする意味がない。


そんな中で幼子の声だけがはっきりと聞こえているわけだが、それには大きな違和感がある。


シオンをここに呼んだのか彼女だ。

そして今シオンが目にしているのは、おそらく彼女が過去から現在にいたるまでのどこかで体験した、あるいは未来に体験することだと予想できる。


その体験の主体であるはずの本人の声が聞こえず、他人の声だけが聞こえるというのは不自然ではないだろうか。


「(……自分の声よりも、この子の声を聞かせたい?)」


具体的な方法はともかく、近くにいるわけでもなく直接の面識もない誰か(シオン)の意識を引っ張ってきて自身の記憶を体験させる魔法となれば、相応に高い難易度のものにはなる。

加えて難易度が高い以上はある程度の綻び――例えば音声の欠落(・・・・・)なども起こり得るだろう。


やむを得ず起きてしまった自然の音も含めた音声の欠落に対し、自分の声を二の次にしてでも幼子の声だけはなんとか聞こえるようにした。


あくまで憶測の域を出ないが、そういう風に考えれば他のあらゆる音を差し置いて幼子の声だけが聞こえるのも納得できる。


「(やっぱり、それだけこの子のことを俺に見せたいってことなのか?)」


この幼子の言動をシオンに見せる。


現在シオンが置かれている状況の全てが、その目的に繋がっているような気がしてならない。


仮にそうだとすれば、なんのために(・・・・・・)


かつて一度だけ聞いた「あの子を助けて」という彼女の言葉。

その言葉が指す「あの子」が目の前の幼子だとすれば、助けるために必要なことを伝えるべきであるはずなのに、こうして幼子のことを見せるだけにとどまっているのは何故なのか。


思考の海に沈みながら、彼女を通してこちらを見上げて笑う幼子を見る。


――おでこはだいじょうぶ? ■■■。


不意に聞こえた、不鮮明でノイズの走った彼女の声。

ノイズで聞き取れなかった三文字の音はおそらく幼子の名前だった。


今後のための大きな手掛かりとなり得る名前をなんとか拾えないかとシオンは集中するが、彼女の口は動いても声は再び聞こえなくなってしまっている。


そうこうしている内に、視界がゆっくりと白くなっていく。


「(……なあ、君は誰なんだ?)」


こちらに向かって無邪気に、そして幸せそうに笑う幼子。

温かな幸福の中にいるはずのこの幼子にシオンの助けが必要だというのなら、もっとはっきりと示してほしい。


そうしてくれさえすれば、シオン・イースタルという存在は全身全霊をもって(・・・・・・・・)救いの手を差し伸べるのだから。


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