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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
11章 目覚める者、眠りにつく者
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11章-ひとつの終わりに向かって⑤-


――中東、放棄されたとある軍事拠点の奥。


多くのテロ組織が集結しつつある拠点の中でもとりわけ奥まった所にある一室で、男はたったひとり通信端末と向き合っていた。


「それで、人類軍の動向はいかがですかな?」

『先日お伝えした通り、着々とそちらに攻め込もうと戦力を集めているようです』


男――≪中東解放戦線(MELF)≫のリーダーの問いに、通信相手である“スポンサー”は当たり前のように人類軍の動向について答えた。

機械で加工された声で返された言葉にリーダーの男は表情を歪める。


「人類軍からの総攻撃、ということになりますか」

『ええ、しかし焦る必要はありません。人類軍の作戦は全て筒抜けなのですから』

「……作戦がわかっているだけで対処できるほど人類軍は甘くはないでしょう」


相手の作戦がわかっていれば確かに有利に立ち回ることができるが、それだけであっさり勝てるほど戦いは甘くない。

そもそも人類軍とテロ組織ではあらゆる面で人類軍の方が上なのだ。

相手の動きを把握した上で多少先手を打てた程度では勝利を勝ち取ることは難しい。


『もちろんわかっています。しかし、私の提供したアンノウン誘導装置を効果的に使用すればそれも不可能ではないでしょう』


確かにアンノウン誘導装置は強力な兵器だ。

ひとつ爆発させるだけで十体以上の中型アンノウンを呼び出すことが可能なあの兵器はどのようなアンノウンを呼び出せるかわからないなどの不確定要素を含むが、運がよければ一発で人類軍の戦艦ひとつを落とすことだって不可能ではない。


さらに今回の場合はかなりの数のアンノウン誘導装置が手元にある。

集結した全てのテロ組織の保有数を合わせて四百二十個(・・・・・)

簡単な計算でも五千に近い数の中型アンノウンを呼び集めることができる数だ。


それだけあれば確かに人類軍の大部隊にも抵抗できるかもしれないが、アンノウン誘導装置は決してメリットしかないわけではない。


「だが、それだけの数のアンノウンが呼び集められるとなると、我々も決して安全とは言えなくなるだろう」


アンノウン誘導装置はあくまで誘導する装置であり、それ以降の制御はできない。


これまではミサイルやドローンという形を用いて遠方から仕掛けるという戦法をこれまでは用いてきたが、今回の場合は近づいてくる人類軍の迎撃のために使用しなければならない。

それは自分たちの近くにアンノウンを呼び出すことになるということであり、誘導装置を使用したこちらもアンノウンに襲われる危険が高まるということだ。


「事実、今日までの人類軍と戦った組織の中にはアンノウン誘導装置によって自滅した組織もあると聞いている」


その事実はリーダーの男の懸念が現実に起こり得るものであると証明している。


『……もちろんそのリスクは承知しています。だからこそこちらから提供する人類軍の情報が役に立つはずです』

「と、いうと?」

『人類軍がどの基地からそちらの拠点に向けて進軍するかはわかっています。であれば、拠点から十分に離れたポイントで誘導装置を使用すればそのリスクは避けられるでしょう』


その言葉の直後、通信端末がデータの受信を知らせる。

確認すれば三つの基地からテロ組織が集結する拠点を囲むように三つのルートで進軍してくる人類軍の作戦内容が記載されている。


「確かに、これだけ正確に進軍ルートがわかっていればそれも可能でしょう」

『ええ』

「……しかし、この機にひとつはっきりさせておきたいことができました」


リーダーの男の言葉はスポンサーにとって予想していなかったもののようで、通信越しの人物は沈黙した。それに構わず男は続ける。


「スポンサー。あなたは人類軍の人間ということで間違いありませんね?」


中東解放戦線(MELF)≫はもちろん他のテロ組織もスポンサーの素性を知らない。


素性に関して必要以上に詮索しないことが支援の条件のひとつだったのもそうだが、それ以上にスポンサーの機嫌を損ねないようにどの組織も配慮していたのだろう。

スポンサーの支援を失えば厳しいのはどこの組織も同じだったはずだ。


しかし支援を受けていればある程度の推測はできる。

これまでもクリスファー・ゴルドの大まかなスケジュールを共有されていたので予測はしていたが、今回こうして人類軍の詳細な作戦データまで共有されれば、最早答えを受け取ったも同然だ。


『……ここまで来て否定するのは見苦しいだけでしょうね』

「それは肯定ということでよろしいですね?」

『はい。私は人類軍――どうせ予想されているでしょうが、上層部に身を置く者です』


『さすがにこれ以上は話せませんが』とこれ以上の詮索を牽制はしてきつつも、スポンサーは潔くそれを認めた。


「現在我々の制圧を押し進めているのもその人類軍上層部のはずですが、その上層部に属するあなたがこちらを支援する意図は?」

『現在の上層部の動きは私にとって本意ではありませんし、あなた方を支援することは私にとって益があります。……それ以上はお話しできませんが』


話すつもりがないのがはっきりと伝わってくるはっきりとした物言いだった。


「わかりました。それが聞ければ十分です」

『信用していただけて何よりです。……では、今回はこのくらいにしておきましょう。人類軍に新しい動きがあればすぐにご連絡します』


そうしてスポンサーとの通信は切れた。

沈黙した通信端末を前にリーダーの男はそっと息を吐き出す。


「信用、できるはずもないが……」


クリストファー・ゴルド暗殺以前であればそれなりにスポンサーを信用していたが、ここしばらくの人類軍の動きを思えばそのような甘いことは言っていられない。


現状が本意ではないという言葉もどこまで信じられたものかわからない。


とはいえ、今はスポンサーからの情報がなければ困ったことになる。

例え信用できなくとも現状のままスポンサーを上手く付き合っていかなければならない。


そっと懐から手帳を取り出した男はスポンサーとの一連の会話や通信をした時間帯について手書きで記録していく。


データでの記録がメインである現代において手書きというのは珍しいが、これなら手帳を盗まれでもしない限りこの記録の存在が露見する心配がない。

テロ組織は設備や人材の都合どうしても電子方面のセキュリティが脆弱なためこういう方法が実は効果的で、男は重要な秘密はこうして全て手書きで記録している。


記録を終えてパタンと手帳を閉じると再び懐にそれをしまい込み、男は部屋を後にした。


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