2章-母なる宝珠④-
『さてさて、ミツルギさんも話を聞いてくれるようだし進めていいかしら?』
ミランダの言葉に反対する者はいない。
この件について人類軍の力を借りようという意見に難色を示していたシオンですら大人しくしているあたり、反対しない、というより反対できないのかもしれない。
間違いなくこの場で一番の発言力を持つのは彼女だ。
『今の戦力を考えて、調査をわたしたち≪魔女の雑貨屋さん≫が、そして実際に問題に対処するのが人類軍のみなさん、というのがいいと思うのだけれど……』
「どうかしら?」と尋ねてくるミランダにアキトは少し考えるが、結論を出すには少し情報が足りない。
「調査をそちらにお任せすることに異論はありません。……しかし、そもそも私たち人類軍に問題への対処が可能なのですか?」
異能や魔力などに関わる問題を調べるのだから、そういった知識を持つ魔女たちに頼むのが最適であるのは間違いない。
ただ、魔女たちが調べなければならないような問題が人類軍に解決できるとは、アキトには到底思えないのだ。
「アンノウンとの戦闘などであればともかく、それ以外で人類軍にできることがあるとは思えない。そちらに一方的にお任せするのは申し訳ないが、全てそちらで片付けるほうがむしろ効率的なのではないか?」
『なるほど。その心配はもっともだけれど……心配せずとも大丈夫よ。それがよいことかは別として、ね』
「それはどういう意味ですか?」
『こちら側ではないあなたにはピンと来ないかもしれないけれど、人外の社会で不穏な何かを感じたなら、九十九パーセント魔物に関連する問題だと思っていいわ』
「……今回もそうだと?」
『少なくともわたしはそう考えているわ』
当然のこととして答えるミランダからドランとカルロにも目を向けてみるが、ふたりもミランダに賛同するように頷いてる。
最後の確認に横に立つシオンを見れば、彼もまた無言で頷くだけだった。
『兆しがあり、消息不明者まで出ている以上、それなりの力を持つ魔物が絡んでいるのは間違いないでしょう。そしてわたしたち魔女は一部を除いて荒事が得意ではない』
「そちらは荒事に向かない分アンノウンの調査に注力し、その情報をもとに人類軍の武力で問題の元凶を倒す、ということですね」
『その通り。理解が早くてとても助かるわ』
ミランダの返答を聞いてから、アキトは改めて今回の一件について考えを巡らせる。
現状、人類軍内で南米に異変があるなどの情報を聞いたことはない。
念のため格納庫へ来る道中にミスティに軽く確認を頼んだがそういった話は出てこなかった。
まだ察知できていない脅威に、魔女という専門家の調査結果を受け取ったうえで対処することができるのだとしたら、それは人類軍にとっても決して悪い話ではない。
しかし、そのメリットだけに目を奪われてここで頷くわけにはいかない。
「調査をしていただけるのはこちらとしてもありがたいことです。……しかし実際に戦闘を行うのが人類軍だけである、となりますと背負うリスクが違いすぎるのではないでしょうか?」
現状、人外側で動くのは≪魔女の雑貨屋さん≫の調査員ひとりのみ。
しかも調査がメインである以上、引き際にさえ注意すればリスクはそれほど大きくはない。
対する人類軍はミランダ曰く"それなりの力を持つ"アンノウンと直接戦闘を行う必要がある。
情報がある分有利ではあるだろうが、それでも命の危機が伴う行為なのは間違いない。
現状においては、明らかに人外側の背負うリスクのほうが小さいわけだ。
『そうね。適材適所とはいえ確かにその通りよ』
「であるなら、安易に協力を約束することはできません。……部下の命をいたずらに危険に晒すわけにはいかないのです」
ミランダに真っ直ぐ向き合って自身の考えを述べたアキト。
緊張した空気の中で向かい合うふたりの間に、カルロが割って入ってきた。
『ミツルギ殿の言う通りです。それに、人類軍の方々はただでさえ私たちよりも魔物相手の戦いに慣れていません。このままでは人類軍の負うリスクが大きすぎます』
彼はアキトの意見に理解を示し、賛同した。
人外側としては自分たちのリスクが小さいに越したことはないはずなのだが、そういった考えがカルロにはないように見える。
『そう……ドランさんはどうお考えかしら?』
『……そうさな。リスクだのなんだのを勘定するのは苦手だが……≪始まりの魔女≫に噛みついてまで部下を守ろうっていう心意気は気に入った』
ミランダに意見を促されたドランはそれは楽しそうにそう答えた。
言葉の意味はいまいちわからないがアキトを見るドランの雰囲気からして、どうやらアキトの意見を支持してくれているらしい。
『……そうね。尊い命を賭けてもらうのだから、相応の支援はあって然るべきでしょう』
ドランとカルロの意見を受けたからか、ミランダはあっさりとアキトの意見を受け入れた。
あまりの潔さに少々面食らってしまうが、こちらにとって都合の良い方向に進むのはよいことだ。
『とはいえ、こちらから戦力を送るのは厳しいわ。それに送った戦力と人類軍で連携が取れるとも思えない』
「……確かに」
『それを踏まえて、物資を提供するというのはどうかしら?』
「物資、ですか?」
アキトの言葉にミランダは満足気に頷いた。
『わたしたち≪魔女の雑貨屋さん≫の誇る、対魔物用の魔法具を提供させてもらうの。もちろん、調査の結果を踏まえて今回の件に最適なものをピックアップさせてもらうわ』
アンノウンたちをよく知る魔女たちが作ったアンノウンを倒すのに特化した武器。
そういったものを提供してもらえるのだとすれば、無理に連携の取れない戦力を送ってもらうよりは確実に有益だ。
『ちなみにお渡しした魔法具は余ったら返品不要。興味があるなら研究してもらっても構わないわ』
「それは! ……むしろそちらにとってマイナスになるのでは?」
『そんなことないわ。実際問題人間の知識ではほとんど何もわからないだろうし……少しわかったところでわたしたちの不利益にはならないから』
人間を侮っているというよりは、本当に魔法具から何かを知られてしまっても構わないと思っている。ミランダの態度を見ていてアキトはそんな風な印象を受けた。
『それで? ミツルギさんはどうするのかしら?』
アキトの示した懸念は解消されたどころか、むしろ大きすぎるほどメリットが示された。
人外側との協力はともかく、南米で起きているという異変について放置するという選択肢は最初からない。
放置すれば人類に被害が出るというだけで、デメリットしかないからだ。
シオン以外の情報源なしで異変に臨むか、シオン以外から情報と人外側の武器を貰って異変に臨むか。
結局のところ今アキトに迫られている選択はそういったものになる。
ミランダたちが信用できるかと言えば、その答えはどちらかと言えばNOだ。
しかしそれはシオンも大差はない。
どうせそのリスクを背負うのなら、追加情報と武器を貰い受けるほうがメリットはあるだろう。
「上層部との相談が必要ですので確約はできませんが、私の指揮する〈ミストルテイン〉はぜひみなさんと協力して事にあたりたい」
元々特別遊撃部隊という位置づけにある〈ミストルテイン〉はシオンを連れているという特殊性もあってある程度独自行動が許可されている。
まだなんの命令も下されていない今であれば、この南米の調査も許容されるだろう。
『それはよかった! むしろわたしたちも人類軍ではなくあなたたちと協力させてもらいたかったの』
喜ぶミランダの言葉に少し引っかかる部分はあったが、彼女はその辺りを話すつもりはないのか具体的な協力の流れについて話は進んでいく。
最終的に〈ミストルテイン〉が動けるようになるまでの一週間程度、≪魔女の雑貨屋さん≫が現地の調査を行い、その情報をもとに現地に直行した〈ミストルテイン〉が実際に対処を行う。ということで話はまとまり、魔法陣の中での話し合いは終わりを迎えたのだった。




