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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
11章 目覚める者、眠りにつく者
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11章-黒幕の誤算-


「あのー、心当たりがかけらもないんですけど……?」


ミスティは黒幕の違和感ある行動がシオンのせいであると言っているが、シオン自身にその心当たりは全くない。

しかしミスティがここでテキトーなことを言うはずがないというのもわかっているので、シオンはただ困惑するしかなかった。


「もちろんあなたに心当たりはないでしょう。それに私の考えがあくまで推測であって実際にそうなのかは黒幕本人に聞いてみなければわからないことです」

「で、そのアンタの推測っていうのはどういう感じなの?」


シオン、アキト、アンナはミスティの言う推測が少しもわかっていない。

であればここから先は彼女に説明してもらう他ないだろう。


「まず、何故黒幕が人類軍を使ってテロリストを制圧しているのかですが、私はそこにメリットがあるからだと思います?」

「メリット?」

「ええ。わかっているとは思いますが、ゴルド最高司令官が殺害された一件で世間からの人類軍に対する評価は大きく下がりましたよね?」


ミスティの言葉に三人ともが頷く。


「信頼を取り戻すには相応の成果が必要です。その成果として最も世間に対して効果的なのが、今回のテロリスト制圧です。最高司令官の弔い合戦としても、テロリストに対するリベンジとしてもこれ以上わかりやすいことはないでしょう」

「それが、公に制圧するメリットってわけね」

「ええ。しかも今の状況であれば望める効果は単純な信頼回復だけではありません。今の上層部が世間から評価されるということは、上層部内で発言力を増している推進派の評価の上昇にも繋がります」


テロリスト問題はクリストファーが最高司令官を務めていた頃からアンノウン問題に次ぐ社会問題だった。

それをこの機に一気に解決に向かわせられたとなれば、推進派が牛耳る今の上層部が有能であるというわかりやすいアピールになる。

それどころかテロリスト問題に手をこまねいていたクリストファーの頃の上層部の評価を下げることにもなり、穏健派の発言力をさらに弱めることだってできるだろう。


「お掃除ついでにマッチポンプとは本当に性格の悪い黒幕さんですね……」


要するに、自分で援助して暴れさせたテロリストたちを使い捨てるついでに自分たちの評価も上げてしまおうという魂胆なわけだ。


「ええ本当に。そんな人間が人類軍内部に潜んでいると思うととても腹立たしいです。……ただ、どうやら私たちは意図せずその黒幕に嫌がらせができていたのかもしれません」

「嫌がらせって、どんなですか?」

「それがあなたに関係してくることなんですよ」


ここまでの話はある意味前振りで、ミスティの推測の全てではない。むしろ本題はここからだ。


「このマッチポンプにはリスクもあります。……人類軍が制圧したテロリストから黒幕の手がかりが見つかってしまうことです。もちろん黒幕はそうならないように配慮していたでしょうけど、実際に話をしたり物資提供をしていた以上絶対はあり得ませんから」


顔を隠したり通信元を隠したりといった正体を隠す仕掛けはしていただろうが、何かをしている以上は絶対などあり得ない。

それは当然のことだ。


「そう思うとメリットがあるとはいえ人類軍使わない方がよかったんじゃないかって気もしますけど」

「おそらくですが、リスクを把握はしつつもそこまで大きなものと認識していなかったんでしょうね。私だってもしも黒幕の立場ならあまりそこを心配しません」

「と、言いますと?」

「普通に考えた場合、テロ組織の代表格を殺さず捕獲できる可能性はどれほどあると思いますか?」


ミスティの問いに三人はしばらく考える。


「ほとんどゼロだな」


三人の答えをアキトが代表して口にした。


「基本的にテロリストたちが降伏勧告を受け入れることはない。であれば戦闘になるのはほぼ確実だ。その上あちらはアンノウン誘導装置など抵抗できる強力な武器を持っている」

「そうです。激しい戦闘になるのは確実ですし、そもそもテロ組織となると捕まるくらいなら基地ごと自爆するなどの選択だってやりかねません」


どちらに転んでもテロリストの代表格を生きたまま捕らえるのは難しいし、拠点だってかなり派手に破壊されることになるだろう。

そうなれば証言者になり得る代表格は死に、通信記録などが残っている可能性のある設備も壊れて黒幕の手がかりが見つかる可能性は一気にゼロに近づく。

黒幕にとってはとても都合のいい幕引きになるわけだ。


「ああ、なるほど。だから俺のせいで雑なことしてるって話になるんですか」

「ええ。あなたはほとんどゼロのはずのことをさらりとやってのけてしまいましたから」


本来なら、というか普通の人類軍の部隊であれば黒幕の期待した通りに代表格は殺すし基地も破壊することになる。

しかし普通じゃない(・・・・・・)シオンは、代表格どころか末端の構成員までほぼほぼ全員生け捕りにした上に拠点も無傷同然でテロリストたちを制圧できてしまうのだ。


「あなたの力を正確に把握しているのは人類軍内部では〈ミストルテイン〉の人間とゴルド最高司令官くらいなものでしたから、黒幕やその周囲の人々はこの結果を予想していなかったんでしょう。……だから、意図せず生け捕りにしてしまったテロリストたちが余計な証言をする前に始末する必要があった」


生きていればそれだけ黒幕たちに都合の悪い情報を漏らす可能性が上がる。だから多少の無茶をしてでも迅速に処刑してしまう必要があったのだ。

それがシオンたちから見て雑な動きに見えたのだとすれば、納得できる。


「だから俺のせいなわけですか……ってちょっと待ってください」

「なんですか? 推測の域を出ませんから多少の違和感などはあっても仕方ありませんよ」

「そうじゃなくて。そもそも俺の空間転移とかで生け捕りしようって作戦を言い出したのは副艦長なんですから、どっちかと言うと副艦長のせいでは?」


「シオンのせい」と言われるとまるで悪いことをしたかのような気分になるが、そもそもシオンにそれをさせているのはミスティなのだから元凶はミスティ自身ということになるのではなかろうか。

どうでもいいとは言えばどうでもいいが、「シオンのせい」と言われると少し気分が悪いので「ミスティのせい」と正確に言ってほしい気もする。


「……まあ、それは置いておきましょう」

「あ! さてはわかってて俺のせいって言い回しにしてるんですね!?」

「そんなことはありません。別に悪事を働いたわけでもありませんし」


そうは言うが、悪事を働いたっぽく聞こえること気にしているということはおそらく図星なのだろう。


それを誤魔化すように「とにかく!」とミスティは声を荒げる。


「細かなことはどうあれ、このままテロリストの制圧を続ける行為は黒幕にとって喜ばしいこと――ひいては私たちにとって好ましくないことです。もちろん上層部の意向を無視できる立場にはありませんが、わかっていてただ従うだけというわけにはいかないのでは」

「まあそうね。黒幕にいいように使われてるのは腹立つし」


女性陣の意見にシオンも賛成だ。

立場上おおっぴらに反抗はできないが、何かしら手は打ちたい。


「それについては考えがある」


機嫌を悪くする三人を前にアキトがそう言った。

表情を見るにアキトもやはり黒幕に踊らされていることを不快に思っているようだ。


「この一件、逆に言えばテロリスト連中から黒幕の手がかりが得られる可能性が十分にあるってことだ。いくら慎重でも可能性がほとんどないならここまではしないだろうからな」


テロリストたちから情報が漏れると少しも思っていないなら、わざわざ捕虜となった代表格を処刑する必要がない。

バレれば確実に怪しまれる性急な処刑を進めているというのは裏を返せば「テロリストたちから情報が漏れるかもしれない」と思っている証拠というわけだ。

黒幕本人がそう思っているということは、実際に何かあるのかもしれない。


そしてそれを突くことができれば、一気に黒幕を暴くことができるかもしれない。


「それで、具体的にどうします? 代表格を殺した体にして自分たちで尋問とかしますか?」

「ほぼ正解だが、少し違う。能力的にも立場的にも俺たち(・・・)よりもそれに向いてる人間がいるだろ?」


そう言われてシオン、アンナ、ミスティの頭によぎったのはおそらく同じ人物だ。


「要するに“餅は餅屋”ってことだ」


そう笑ったアキトは彼にしては珍しく、とても悪い顔をしていた。


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