2章-母なる宝珠③-
「いやいやいや! 流石にそれは無茶でしょう!?」
『あらどうして? 元々そこの鳥さんを見つけたのはあなたたちなわけだし、マイアミにいるなら今ここにいる誰よりも現地に近いでしょう?』
「俺、こっちの現在地教えた覚えないんだけどな~」
シオンの言う通りここまでの会話でマイアミという地名は一度も口にしていないのだが、彼女はごく自然な調子でそれを言い当てた。
『わざわざ居場所がバレないように小細工までしていたようだけれど、その程度でわたしの目をごまかせるわけないでしょう?』
「ですよねー。知ってた」
微笑み混じりの言葉にシオンは頭を抱えた。
具体的にどういった小細工をしていたのかはアキトの知るところではないが、どうやら通信先の彼女のほうがシオンよりも上手、ということのようだ。
「もうこの際居場所はともかくとして、人類軍に動いてもらうってのは無茶ですよ」
『どうしてそう思うのかしら』
「こっちに敵対する気がなかろうと、人類軍側は人外を排除したがってるんですよ? 中世の魔女狩りと同じくらいのテンションが全世界にあるんですから、そもそも話だってできませんよ」
『わたしはそうは思わないわ。だってあなたは人類軍に協力してるんでしょう?』
女性の指摘にシオンが言葉に詰まる。
『シオン・イースタルが人類軍に協力している。つまりあなたと人類軍はある程度お話ができたということよね? なら、今回の交渉ができない道理はないでしょう?』
その指摘は間違いなく正論だ。
シオンという人外に関わる者が人類軍との話し合いの結果、協力関係になった。
その事実がある以上は「話ができない」というシオンの主張に説得力はかけらもない。
「……でも、話ができたとしても協力が得られるとは」
『きっと協力してもらえるわよ。だってこの一件を放っておいて一番困るのは人間のみなさんだもの』
アキトから見えるのはシルエットだけなので彼女の表情を実際に目にすることはできない。
しかし声色から察するに彼女は間違いなく微笑んでいるのだろうと予想ができた。
『今のところは人外が予兆を感じ取っている程度だけれど、放っておけば人の世にも影響を及ぼすのは間違いないわ。わたしたちのような魔力を持つものなら事前に察知して対策するなり避難するなりもできるけれど、人間にはそんなことできない』
つまりこのまま事態が解決しなかった場合、予兆を感じることも対処をすることもできない人類が無防備なまま脅威に晒される結果になる、ということだ。
そんな最悪のケース、決して見過ごすことなどできはしない。
例えこの一連の会話が人類軍に「協力せざるを得ない」と思わせるためのものだったと察していようとも、だ。
「……ミセス。少し話をさせていただけるだろうか」
シオンと彼女の会話にアキトは意を決して割って入った。
隣に立つシオンの視線が突き刺さるのを感じ取りつつも、アキトは引くつもりはない。
『あなたが立ち会っていらっしゃる人類軍の方ね。お名前を聞きたいけれど、魔女に名前を知られるのは怖いかしら?』
「……いえ、私はアキト・ミツルギ。シオン・イースタルの所属する部隊の隊長を務めています」
試すような言葉に対してあえて自分から名を名乗れば誰からか関心したような声も聞こえてきた。
『名乗られた以上こちらも名乗らなくてはね。わたしはミランダ・クローネ。≪魔女の雑貨屋さん≫の創設者で魔女。個人的にはミランダさんって親しみを込めて呼んでほしいのだけれど、ミセスと呼ぶ人が多いわ』
『≪流浪の剣≫所属、カルロ・アルファーノ。多少部下はいますが大した地位ではありませんので気軽にお話ください。それと、私もみなさんと同じ人間ですのでそこはご安心を』
『≪剣闘士の宴≫のドランだ。人間寄りの獣人で……一番近いのは牛だな』
こちらが名乗ったのを受けてそれぞれが名乗りを返してくれる。
平然と人間であると名乗るカルロの言葉などに驚きつつ、アキトはそれぞれの名前を頭の中で反芻する。
『つーかよお。ここまで名乗っておいて顔を隠すのもおかしいだろ』
『そうね。シオン、もういいんじゃないかしら?』
「……わかりました」
不満気なままのシオンが指をひとつ鳴らせば今までただのシルエットだった三つの影がしっかりとした人の姿になった。
一番大きな影だったドランは予想の通り人間とは思えない巨漢だ。
しかしそれ以上にシルエットだったときにはわからなかった立派な二本の角が目を引く。
顔つきは随分といかつく男らしいが、表情はどちらかと言えば柔らかい。
次に細身のシルエットだったカルロは、サラサラとした銀色の長髪の青年だ。
人間という本人の言葉の通り外見はアキトたちと何も変わらず、白い肌と細くて開いているのかわからない目が特徴的に感じられる。
最後にこの場で唯一の女性であるミランダだが、アキトの想像をはるかに越えて若い。
いっそ幼いと言ってもいいかもしれない。
燃えるような赤毛を上品な髪留めでまとめ、服装も黒を基調としたドレスのようなもので大人びた雰囲気を醸し出しているのだが、身長はおそらくアキトの妹であるナツミよりも低いくらいで、顔もナツミと同じかそれ以下にも見えるくらいに幼い。
立ち振る舞いや服装と外見が決定的にミスマッチだというのがアキトの印象だった。
そんなギャップに驚いていたアキトの肩が突然斜め下に引っ張られたかと思えば、シオンの顔がアキトの顔のすぐそばに寄せられた。
「……艦長、ひとつだけお伝えしておきます」
「なんでそんなに声を抑える」
「ミセスに聞かれると怒られるからです」
顔を近づけただけではなくあからさまに声を抑えつつこちらに話しかけてくるシオン。
ミランダに何を怒られるのかと疑問に思うアキトに、神妙な顔をしたシオンは言った。
「ミセスはああ見えてとんでもなく年上です。……ざっと一〇〇〇歳くらい」
「…………は?」
シオンの言葉に思わず聞き返したアキトはきっと悪くない。それほどに突拍子のない発言だ。
しかしシオンは至って真剣な表情をしていて、とても嘘を言っているようには見えない。
『シオン』
徐にミランダからかけられた声に、シオンが弾かれたように気をつけの姿勢になった。
そんな様子を見てミランダはニコニコと微笑んでいる。
『そんな風に顔を近づけて内緒話だなんて、ミツルギさんと仲良しなのね』
「え、ええまあ」
『でも、内緒話で女性の年齢の話をするのはどうなのかしらね?』
「それだけバレてりゃ内緒もクソもないですけど!?」
普段はアキトたちを振り回す側であるシオンのことをにこやかに振り回すミランダ。
年齢に関しては数字が大きすぎて信じられないが、間違いなく只者ではないとアキトは確信した。




