11章-3番目の力-
深夜、多くの船員たちが眠りについた頃、シオンはふらふらと格納庫へと向かった。
当たり前のように照明がついている格納庫では昼間ほどではないものの普通に十三技班の技師たちが何かしらの作業をしている。
シオンにとっては馴染みの光景だが、当然あまり褒められたことではない。
特に医療班あたりに見られると、徹夜上等で作業がしたい十三技班VSそんな無茶を許さない医療班による仁義なき戦いが勃発しかねないのだが――まあそれを気にするような人間は少なくとも十三技班にはいないので言うだけ無駄である。
それぞれ作業をしている技師たちに適当に挨拶をしつつ、シオンはその片隅で新型機動鎧三機を見上げている目的の人物のところへと向かう。
「おつかれ、ガブリエラ」
「……あ、シオン。おつかれさまです」
反応が一拍遅れたあたり、意識は相当新型三機に向かっていたらしい。
そんなガブリエラのそばにちょうどよくあった小さめのコンテナをベンチ代わりにして腰掛ける。
「ガブリエラがこの時間にいるなんて珍しいね」
ガブリエラは十三技班にかなり馴染んではいるが、まだ染まりきってはいない。
お姫様というとんでもなく育ちのいい身の上である彼女には規則正しい生活がしっかりと染み付いているようで、今日のように日を跨いでもまだ格納庫にいるということはシオンの知る限りは初めてだ。
「そうですね。ちょっと考え事をしていまして」
「名前のこと?」
「はい」
数日前にガブリエラに一任された新型三機の機体名。
真面目な彼女は相当しっかり吟味しているようで、シオンの見立てよりも決定が遅い。
「丸投げしちゃった俺たちが言うのもなんだけど、あんまり難しく考えなくていいよ?」
「そうはいきませんよ。みなさんのこだわりとこれまで重ねてきた研究や努力によって生まれた機体なんです。半端な名前は付けられません」
「まあ、ガブリエラならそう言うよね」
「シオンだっていざ名前を任されたらちゃんとしてたと思いますけどね」
とにかくガブリエラは自分でも納得できるように、最大限考え抜いて名前をつけたいということらしい。
シオンの見立て以上に時間がかかっているのもそのせいだろう。
「任せるって言ったしあんまり意見を言い過ぎると後で他のみんなにやいやい言われるから具体的なことは言えないけど、相談くらいは乗るよ?」
「すごく保険をかけてきましたね……でも、相談には乗ってほしいです」
クスクスと笑いながら一拍おいて、ガブリエラは口を開いた。
「とりあえず、1番機と2番機の名前についてはもうほとんど決まっているんです」
「じゃあ、3番機で苦戦してるってこと?」
「はい。あの機体は他とは違って少しあやふやというか……まだ誰に乗ってもらうかも決めていないでしょう?」
1番機はシオンが乗ることが最初から決まっている。
2番機も最初こそ未定だったものの大まかに方向性が決まった段階でシオンとガブリエラの推薦によってハルマがパイロットになることに決定したので、彼の専用機として開発が進んだ。
しかし残る3番機だけは、未だ誰を乗せるか――シオンとガブリエラに言わせれば誰に託すのかがまだ決まっていないのだ。
3番機については他の二機とは異なり特定の人物を想定した造りになっていない。
量産化などに配慮して無難なものにした――のではなく、1番機と2番機がかなりの特化型の機体になったので、残る3番機はある程度バランスのいい機体にしようという話になっただけだ。
結果、バランスがいい(ただし各性能が従来機の二倍以上の)モンスターマシンというちょっと意味のわからない代物になっている。
ちなみに1番機や2番機は一部は従来機より少し上等。他一部性能が従来機の三倍以上というタイプのモンスターマシンである。
そのことを報告した際に「どっちもどっち。というか何作ってんだお前ら」というアキトのツッコミがあったが、十三技班はそれを軽やかにスルーして今に至る。
「個人的にはもうここまで来たらガブリエラがいいんじゃないかって思ってるんだけど」
「それはダメですよ。2番機と3番機は人間に預けるって決めたじゃないですか」
シオンとガブリエラはこの三機を“世界を守る力”とするべく動いている。
ゲンゾウやギルあたりは気づいているかもしれないが、それは明言せずに裏でこっそりと進めている計画だ。
その計画に関連して、シオンが扱う1番機以外は人間の手に預けようとふたりは話し合っている。
「私たち人外は元から魔物たちと戦うための知識や力を有している。だからこそこれらの機動鎧はそれを持たない人間たちの手にあるべきです」
「わかってるよ」
人類はこれまでなんだかんだとアンノウンたちに対抗してきたが、それはとても効率の悪いものだった。
例えるなら、森を更地にするために斧一本で木々を切り倒していかなければならなかったようなものだ。炎で焼き払えればとても楽に済んだはずなのに、人類はその選択肢を持たなかったのだ。
アンノウンを倒すなら人類の兵器よりも異能の力の方が効率がいい。
だからこそ異能の力をふんだんに盛り込んだ新型機動鎧は人類がアンノウンと戦うに当たっての強力な武器足りうる。
それこそこの新型機動鎧があれば、これまで傷ひとつ負わすこともできなかった魔物堕ちにだって刃が届くようになるだろう。
だからこそ人間に託すのが最善なのだ。
「とはいえ、あれを乗りこなせる人間なんて今のところいないじゃん」
人間に託すのがいいというのはシオンも同意だが、実際のところ問題はこれである。
もちろん様々な補助機構を仕込んではいるが、生半可なパイロットでは3番機を乗りこなすことはできない。
なまじバランスのいい機体にしてしまったので、総合的に高い操縦技術を持ち、異能の力も十分に使いこなせる人間という厳しい条件がついてしまったのだ。
ハルマを2番機のパイロットとした時にレイスとリーナが候補に上がったが、二人とも操縦技術はなんとかなりそうなものの魔術方面の能力が若干心許ない。
もう一年ほど修行を積めば十分だろうが、今はそんな時間がないのが実情だ。
そしてそのふたりがダメとなると一気に手詰まりである。
一応ギルも候補として考えた。
実のところパイロットとしての腕前は生まれ持った才能ゆえに問題なさそうであるし、魔術方面の能力という意味でもシオンの従者としてシオンの魔力を借りられるし戦闘で使われることの多い直感的な魔法の類の飲み込みも早い。
だがしかし、あくまでギルはパイロットではなく技師なのでゲンゾウからNGが出てしまったし本人もあまり乗り気ではなかったのでアウトだった。
そうなるといよいよガブリエラかシルバしか候補が残らないが、大前提である人間という条件に合わない。というのが現状である。
「今思うと調子に乗って四大元素の要素とか組み込んだのが不味かった……あれさえやめとけばレイスとリーナの魔法の腕でもどうにかできたのに……」
「ですがそれだと“世界を守る力”には不十分ですし、そこは妥協できませんよ」
どちらにしろもう作ってしまったのだから今更スケールダウンさせるのは難しい。
今の条件のままパイロットを決めなければならないのだが――
「(ひとりだけいけそうな人はいるんだけどな……)」
たったひとり、人間で、高い操縦技術を持っていて、異能方面の能力も申し訳ない人物に心当たりがある。
だがその人物にパイロットを頼むというのは現実的に厳しいし、そうすべきではないという考えもあるので声をかけようという気にもならない。
「ま、今すぐパイロットを決めなきゃいけないわけじゃないし、まだ保留だね」
「それしかないですね……結局名前を決めるヒントも得られませんでした」
「ちょっと申し訳ない気はするけど、こればっかりは俺のせいでもないと思う」
ふたり揃って軽くため息をつきながら見上げる3番目の機体。
すでにしっかりと形になってしまっているそれが果たして誰の手に渡ることになるのか。
シオンにもガブリエラにもまだわからない。




