11章-名を与えるということ②-
格納庫でのドタバタのあった夜。シオンは特にこれといった用事があるわけではないがアキトの部屋を訪れていた。
用事もないのに何をしに、と聞かれれば「愚痴を言いに」である。
「――それで、結局どうなったんだ?」
「どうもこうもないですよ。漁夫の利狙おうと思ってたのに思いっきり巻き込まれて散々でした。しかも最終的にはガブリエラにつけてもらおうで満場一致ですよ」
本人の自覚はともかくガブリエラは十三技班においてアイドルであり天使である、というなんとも言い難いポジションを確立している。
実際シオンも彼女の性格や容姿を思えばそういう風に思うのもおかしくはないと思ってはいる。
しかしシオンとガブリエラで名前を付けようという話になった時にはあれだけギャーギャーと騒がしかった面々が「じゃあシオンは抜きでガブリエラに全部任せようぜ」というギルの一言で「まあガブリエラだけならいいか」となったのは納得がいかない。
「そりゃあ、俺だってガブリエラに任せようって話になればそれならいっかってなりますけども」
「なるのかよ」
「逆になりません?」
「……まあ、彼女に任せておけば問題ないだろうなとは思うな」
頭もよく真面目な性格、しかも私利私欲という言葉とは縁遠いガブリエラだ。
彼女に任せておけば中立的な立場からいい感じの決定をしてくれそうだと思えてくる。
「実際、全員の意見を把握はしておきたいからってみんなの命名案を集めましたからね」
完全に一任されたのだから他の意見を参考にする必要はないというのに、自ら無数にあって混沌とした命名案を全部集めたのだ。シオンであれば面倒なので絶対しないし、十三技班メンバーだって同じだろう。
「そういうところなんだよなぁ」とは十三技班の面々の言葉である。
「なら、命名案はひとまず保留か?」
「ですね。ガブリエラがみんなの意見も参考にしつつ考えるってことで決着しましたから」
相当な数の案があるし、ガブリエラはおそらくその全部を真面目に吟味するのですぐには決まらないだろう。
ただ、ガブリエラに任せるとと決まった以上は彼女がどういう名前をつけたところで十三技班から文句が出ることはない。
ガブリエラが結論を出せばそれで終わる話なので、数日中にはまとまるのではないだろうか。
「それにしても、名前ひとつ取っても魔術と関わってくるんだな」
「何もかもそうなるってわけじゃないですけど、神格を持つような人外が名前を付けるとなると馬鹿にはできないですから。特にまだ名前がないものに付けるとなると余計にね」
まだ名前のないものに名前を与えるということは、その存在が世界においてどういうものなのかを定義づけるのと同じだ。
普通に人間が名前を付ける場合でも何かしらの意味を込めることはあるだろうが、そこに神秘の力が作用すれば実際に効果を持つ加護や祝福たり得る。
「お前の≪天の神子≫の名前はそういう効果を持ってないのか?」
「あれは後付けの名前ですからね。二番目以降の名前にその手の効果を与えたいなら、そういう目的でちゃんとした儀式とかやらないと」
「意図して効果を付与することもできるのか」
「別に加護とか祝福は与えようと思えば与えられますからね。名前とセットにしなくてもいいですけど、そうした方が効果が安定するし強力にできる側面もありますから」
例えば剣の腕がよくなる加護を与えたい場合、ふわっとその加護を与えるよりも、“剣聖”や“剣神”だのそれっぽい名前とセットにした方が強く効果を得られるというわけである。
「下手に名前を付けると効果が固定されすぎちゃったりするのでケースバイケースなんですけどね」
「どういう意味だ?」
「あんまり細かいこと気にせずに“剣聖”みたいな名前付けると、逆に剣以外の武器がからっきしになっちゃったりする、みたいな」
「なるほど……」
アキトはソファに腰掛けてしばらく何事かを考える。
「シオン、例えばだがお前がその気になればそういった効果のある名前を俺に付けられるのか」
「いやです」
「とりあえず質問に答えろ」
「……やろうと思えばできるでしょうけどやろうって気持ちになる予定がありません」
シオンの嫌そうな顔が見えていないわけではなかろうに、アキトは特にそれを気にせず「そうか」とだけ言った。
「というかなんです。名前欲しいんですか?」
「欲しいわけじゃねぇが、あれば便利なこともあるだろうなと……例えば死ににくくなるような加護があればお前との約束を守りやすくなるだろ?」
「俺との約束を俺の加護でどうにかしようと」
「約束を果たすためなら使えるものはなんでも使うくらいのつもりでいる」
真顔で答えられてしまってシオンは反応に困った。
もちろん約束を守ろうとしてくれるのは嬉しいのだが、そこまでしなくてもと思わないでもない。
「考えはわかりましたけど、少なくともそっち方面の加護は絶対いやです」
「なんでだ?」
「下手に死ににくい加護なんてかけたらアキトさんが変に長生きになっちゃったりするかもしれないじゃないですか」
シオンがまず加護をかけるのに不慣れであるし、“死ににくい”というのはかなり曖昧だ。
うっかり塩梅をミスすると軽率にアキトのことを人の範疇から逸脱させかねない。
「多少長生きになるのは構わないが」
「俺が構うんですー、人間やめてほしいわけじゃないんで」
「お前、“本音を言えばずっと生きてほしい”んじゃなかったのか」
「……なんでポロッとこぼした本音覚えてるんですかね」
確かに本音を言えばそうなのだが、本気でそれを叶えたいわけではない。
「とにかく! 少なくともそういう加護は絶対にNGですからね! 裏で玉藻様とかにお願いするとかもダメですよ!」
「……わかった。とりあえずこの話はなかったことにするよ」
“とりあえず”なのが若干気がかりだが、ひとまずは諦めてくれたらしい。
「(前と比べて明らかに思い切りがよくなってきてるよなこの人)」
以前から異能に興味を持つなどその片鱗はあったが、それなりに知識を蓄えたことでさらに拍車がかかった印象がある。
「(……気をつけよう)」
無謀なことをする男ではないが、必要とあれば分の悪い賭けだって臆せずできるのがアキト・ミツルギだ。
シオンの無茶を叱る一方で、彼もまた無茶をしてしまえるタイプなのはよく知っている。
自分のことを棚上げにしているということは重々承知の上だ。
それでも、アキトがそういったことをしないように目を光らせなければならないとシオンはそっと心に決めるのだった。




