11章-名を与えるということ①-
アンナの予測通り、〈ミストルテイン〉には引き続きテロリスト制圧の任務が与えられることになったとアキトから船内全体への連絡があった。
そこでなされた説明も概ねシオンとアンナが話していたようなものだったので特別目新しいことはなく、ひとまずは次のテロリストたちの拠点の情報が入るまではとある基地にて待機ということになった。
とはいえ、シオンは暇ではない。
十三技班としてやるべきことはそれこそ無限にあるのだから。
そんないくらでもある仕事の中で現状一番優先されているものはと言えば、もちろん新型機動鎧の開発に他ならない。
「さて、とりあえず新型1番機はもうECドライブ載せればOKってところまで来たな」
ゲンゾウの言葉通り、三機の試作機の中でもシオンが登場予定の可変機構付きの機動鎧は欧州でのテストを経て微調整も済ませ、ついに完成まで漕ぎ着けた。
シオンが生成中のエナジークォーツさえ完成すれば実際に動かすことだって問題ないだろう。
「まあさすがに初っ端に実戦に放り込むわけにもいきませんけどねぇ」
「シオンくん。それは盛大なフラグってヤツになりかねないっすよ……」
「おっと」
シオンとカナエがそんなとぼけた会話をしている中、ゲンゾウがややわざとらしく咳払いをした。
「何はともあれ完成は完成だ。残る2機も近々同じように作業を終えられるだろうよ」
「やっぱりシオン君が増えたのが大きかったわねぇ」
「でだ、完成ってことになりゃいい加減アレを決めなきゃならねぇ」
ゲンゾウの言葉に「アレか」「アレですね」「アレなぁ〜」と集められた技師たちから声が上がる。
もちろんシオンやギルもゲンゾウが言いたいことを理解しているが、さすがにそこまで察するのは難しい面々もいる。
「シオン、アレというのは?」
「わたくしもちょっとわかりません……」
察するのが難しい面々ことガブリエラとマリエッタが首を傾げる。
「名前だよ」
「「あ、なるほど」」
シオンのとてもシンプルな返答にガブリエラとマリエッタもピンと来たのか納得したようだった。
これまで試作1番機などの名称で管理してきたわけだが、完成して正式に運用することまで考えているのならばいい加減名前を付けなければならない。
「冷静になってみると、どうして今まで付けてこなかったんですか? 開発自体はそれなりに前から始めていますし、機体のコンセプトや外見などももっと前からはっきりしていましたよね?」
ガブリエラの疑問はもっともで、名前は付けようと思えばとっくに付けられたはずなのだ。
未完成とはいえ機体のスペックも見た目も途中で変わることはまずなかったのだから、それこそ設計図ができあがった段階で付けておいたってよかった。
では、どうして完成あるいは完成間近までずっと番号で呼んでいたのかというと――、
「その答えはこの後すぐわかるかな」
「はい?」
シオンの微妙な返しにガブリエラが首を捻る中、ゲンゾウがパンパンと手を鳴らす。
「前振りは以上だ。……で、これから名前を決めてかなきゃならねぇわけだが、意見は?」
ゲンゾウが意見を求めた次の瞬間。
集められた技師たちの半数以上から一斉に手が上がった。ついでに何人かはすでに自分の考えた名前をこれでどうだと叫んでいる始末である。
一瞬前までの静けさはどこへ行ったのかという大騒ぎである。
「こ、これは……」
「人類軍でも主張とこだわりの激しいメカ屋が集まってる十三技班で機体名なんて議題に出したらこうなるのはわかりきってるよねっていう」
要するに“名前を付けていなかった”というよりは“名前を付けるとなると面倒なことになるのがわかっていたので後回しにしていた”が正解である。
「シオンやギルは参加しないんですか? ふたりだって機体への愛やこだわりはそれなりに強いですよね?」
「付けたい名前がないわけでもないけど、あの乱戦に突撃するのはちょっと」
「昔名前争いがヒートアップしすぎて爆発沙汰とかあったらしいぜ」
「それは、リンリーさんが関わっているケースですよね?」
「「そりゃそうだよ」」
彼女の関与なく爆発沙汰が起きるなど冗談ではない。爆弾魔はひとりで十分だ。
「と、いうわけで俺は今ヒートアップしてる人たちが争いに争ってヘトヘトになったあたりで参戦して漁夫の利を狙おうかと」
「さすがシオン様、やり方がえげつないですわね」
「……マリーにそう言われるとさすがに傷つくかなー」
マリー自身は嫌味ではなく本当に感心している様子なのだが、純粋そうな少女にそのように言われると心に来るものがある。
「シオンのえげつなさはともかく、ガブリエラとマリーもなんかあれば言っていいんだぜ?」
「名前、ですか……そうですね。名前は魔術的にも大きな意味を持つものですし……」
「そこまで真面目に考えなくてもいいけど……というか俺とかガブリエラがあんまりその気で名前つけちゃうとそれはそれで言霊とかおかしなことになるかもしれないし」
名前とはその存在を定義づけるもの。
常人が付けるのであればともかく、まがりなりにも神であるシオンや神の眷属であるガブリエラが本気で名前をつけてしまうと妙な魔法が付与されてしまうかもしれない。
「……それはそれでおもしろそうじゃね?」
「ですわね」
「いや、実際効果あるかもわかんないし、効果出ちゃったらそれはそれで何がどうなるか予想つかないところある――ってちょっと待てふたりとも!!」
「親方ー!! シオンとガブリエラがなんか面白そうな話してるっすよ!!」
「なかなか興味深い内容ですので是非ともおふたりに機体名を付けていただければ!!」
ギルとマリーが一連の内容を全員に話してしまった結果、新型機動鎧の命名騒動がさらに混迷を極めることになったのは言うまでもない。




