2章-母なる宝珠②-
アキトはシオンに連れられて魔法陣の中央に立った。そのそばにはハチドリの入った鳥かごもフワフワと浮かんでいる。
「これから繋ぎますけど、基本的に人類軍で通信する感じと同じですから口挟みたかったらどうぞ」
「……さすがに無礼ではないか?」
「少なくとも今から連絡する三人は気にしませんよ。艦長が人間であることも含めて、ね」
ハチドリは最初人間を見下した態度が露骨だったので他の人外にもそういった傾向があるのではないかと危惧していたのだが、どうもそういうわけではないらしい。
とはいえいきなり初対面の人外相手に気安く話せるかと言われるとそうもいかないので、余程のことがなければシオン任せにするのがスムーズだろう。
「……術式起動、接続」
シンプルな言葉に合わせてシオンが右手に掲げる青い宝石が光を放ち、それに反応するように魔法陣も同じ色に輝く。
さらに魔法陣の内部を覆うように光の壁や紋様が浮かび上がりドームのようなものを形成していく。
「もう繋がっているのか?」
「いえ、まだ呼び出し中です。忙しかったら応じてくれないかもですけど」
それこそ一般家庭で使われている電話のようなものか、と納得していると、魔法陣の内側にうっすらと人のようなシルエットが現れた。
『あら? 音声のみの通信なんて珍しいわね』
どことなく色気を感じさせる女性の声。不思議そうにはしているが決してそれを重要視はしていないようだ。
続けてとても人間とは思えないような大柄なシルエットがひとつと、アキトよりも少し低いくらいの身長のシルエットも同じように現れた。
『んお!? 声しか聞こえねえんだが、通信の不調かなんかか?』
『……いえ、意図的に音声のみの通信にしているようですね。シオン少年にも何か事情があるようです』
荒々しいが親しみやすい大声と、物静かで冷たい印象の小さめな声、どちらも男性のものであるらしい。
そんな三つの声に満足気に頷いたシオンは口を開いた。
「お久しぶりですお三方。音声のみの通信についてはちょっと事情があって」
『事情ってなんだ?』
「いろいろあって人類軍に魔法使いとして協力することになって、この通信にも立ち会ってもらってるので」
『ほー、また妙なことしてるんだな』
人類軍に協力しているというシオンの説明を、荒々しい声は"妙なこと"としか言わなかった。
他の二名も特にそれを気にする様子などなく、軽く「ふーん」だの「ほお」だのの声が聞こえた程度だった。
その反応がアキトにはどうにもおかしく思えて仕方がない。
シオンはこちらの世界の生まれであるため《異界》についての知識もなく、どこか《異界》のことを他人事のように考えている節がある。
人類軍に協力することを承諾したのも、こちらの世界の人外はともかく《異界》に対しての思い入れや仲間意識といったものがないからだろう。
そして今こうしてシオンの呼びかけに応じた三人も、シオンが《異界》に敵対する人類軍に助力することを全く気にしていない。
『つーか、別に人間に顔見られたって気にしねえぞ?』
『いえ、この場合は人間のみなさんが私たちに顔を見られるのを嫌がるのでは?』
『あと、あなたは見た目も怖いでしょう? 人間が見たらきっと驚いてしまうわ』
『あ! それもそうか!』
軽い調子の会話にアキトの違和感はますます強まっていく。
人類軍は声高に《異界》や人外の排除を叫んでいるのに、そんなことなど知らないかのようにこちらを警戒する素振りがない。
本当に知らないのかもしれないが、それはそれで彼らにとって人類軍というものは警戒する以前に眼中にすらないということだ。
人類と人外との間にあるこの温度差。
それがどうにもアキトは気になってしまう。
ただ、今はこのことについて考える場面ではない。
「急に声かけておいて悪いんですけど、今日は俺じゃなくてもっと別の人……じゃなくて鳥の話を聞いてほしいんです」
シオンは説明しつつハチドリへと視線を向けた。ハチドリもその意図を察してひとつ頷く。
「姿を見せることもなく突然お話をさせていただく無礼、ご容赦いただきたい。私はアステカ神話の太陽神、ウィツィロポチトリ様の眷属のひとりにございます」
『あら、ご丁寧にどうも。こちらはあなたと比べれば由緒ある人外ではないわ、もっと気安くお話ししましょう』
「では、そのようにさせていただく。早速本題になるのだが、此度は助力を願いたくシオン殿に仲介を頼んだのだ」
そのままハチドリはアキトたちにしたのと同じ、南方の不穏な兆しとそれを探りに行った者たちが消息を絶った事実を伝えた。
『なるほど、詳細はともかくとして何かがあったのは間違いなさそうですね』
『だな。……この手の話は≪魔女の雑貨屋さん≫の魔女たちが一番耳が早いだろうが、何か聞いてねえのかミセス』
ミセスと呼ばれた女性のシルエットが顎に手をやる動作をした。
『……数日前に妙な気配があると聞いてはいたわ。ただ、報告をくれた娘はあまり荒事が得意じゃなくてね。別の娘を調査に行かせようと思っていたのだけれど』
「≪魔女の雑貨屋さん≫のホームはヨーロッパですし、さすがに南米となれば後手にも回るでしょう」
『残念ながらシオンの言う通りね。わたしたちもまだまだということかしら』
困ったようにため息をつく。そんなシンプルな振る舞いからもアンニュイな雰囲気が漂ってくる。
『まあいいわ。過ぎたことよりも未来の話をしましょう』
すぐに切り替えて話題を進めようとするミセスに他ふたつのシルエットとシオンが頷く。
『とりあえず≪魔女の雑貨屋さん≫からは調査に人を送るわ。腕のいい娘に頼んでおくから明日には現地で動けるはずよ』
迅速すぎるどころか本当にそんなことが可能なのかと思うような対応に目をむくが、シオンたちはそれを当然としてそれを聞いている。
つまりは彼女たちであればそれが可能ということなのだろう。
その一方で他ふたつのシルエットは表情こそ見えないが答えあぐねているように見える。
『大変心苦しいのですが、私たち≪流浪の剣≫はすぐには動けそうにありません』
『≪剣闘士の宴≫も同じだ』
「それは何故……?」
『オレたちは今ちょいと他所から魔物狩りを頼まれて仕事中でな……オーストラリアだ』
『私たちも北極付近で魔物狩りを……』
「それは……きついですね」
予想外の現在地にシオンですら真顔になっている。
しかもそれぞれアンノウンとの戦いの最中ということになればすぐさま南米に向かうというわけにもいかないだろう。
≪魔女の雑貨屋さん≫からは調査員のみ。
≪流浪の剣≫と≪剣闘士の宴≫はすぐに動くことはできない。
少なくともハチドリの希望する救援に程遠いのは間違いないだろう。
「……お三方のほうで他所様に声かけてもらうことはできます?」
『やれるだけのことはいたしましょう』
『むしろそれしかできねえのが申し訳ねえんだがな』
「……いえ、それでも十分に助かります。おふたりの心遣いに感謝を」
シオンたちが他の手段を考える中、ミセスだけは言葉を発さずに何かを考えているようだった。
それから彼女は軽く手を合わせて、「閃いた」とでも言いたげな動きをした。
『良いことを思いついたわ』
ふふふと上品に笑う彼女にシオンたちや野次馬として魔法陣の外から見ている人々の目が彼女に集中する。
『せっかく同席してもらっているんだもの。今回は人類軍にご協力いただきましょう』
上機嫌に提案された"良いこと"。
数秒遅れてアキトがその言葉の意味を正確に理解したのとほぼ同時に、シオンの驚きの声が格納庫に響き渡った。




